皓月庵

乙女ゲーム中心の趣味に走ったアナログ二次創作ブログ。マンガと小説のごちゃまぜ^^;

「ちび千鶴騒動記」

茶々姫」のMURAさんから頂いた誕生日プレゼントです♪
年内には…と言われていたのですが、こんなに押し詰まった忙しい時期に、
本当にありがとうございます~(≧∀≦)


我が家のちびちーちゃんとはまた違う、MURAさんの可愛らしいちびちーちゃん♪
どうぞ一緒に堪能して下さい。
それにしても沖田さんがちょっと不憫…斎千設定だと言われましたが、ここは斎千沖にしてあげたい(^^;


挿絵は感謝を込めてMURAさんへ進呈します。
他の方は御遠慮下さいね。


ちび千鶴騒動記




―――キシリ、キシリ


廊下の板が小さく鳴くような音が静かな中庭に微かに響く。
歩くのは新選組三番組組長を務める斎藤一だ。


――キシリ、キシリ


居合の達人でもある斎藤がたてる足音では無い。
変わらずに続く足音は、斎藤のすぐ背後からであった。

(何故……)

微かな渋面を顔に、斎藤は重い足取りで廊下を歩き続ける。
続く足音は非常に軽い。
何気なく歩みを止め、振り返る。
そこには一人の童(わらわ)がいた。
千鶴だ。

だが、その姿は斎藤の記憶にあったものとは多少…いや、かなり違っていた。
髪形は同じように後ろで一つに纏め、高く結い上げている。
くりくりとした大きな瞳。
着物も少年に扮した袴姿だ。
だが、違う。決定的に違っている。
見下ろすその千鶴の背丈は斎藤の腰辺りまでしかなかった。

沈黙のままに千鶴を見下ろす斎藤。
そんな斎藤に対し、にこにこと笑顔で斎藤を見上げる千鶴。

(何故、このような事に……)

すでに幾度目か解らない溜息を斎藤はそっと落とした。

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その時、斎藤は非常に機嫌が良かった。
命じられていた極秘任務を無事に終え、土方から労いの言葉をかけられ、そして次の任務までの間の休暇を貰ったのだ。
勿論、三番組組長としての役目はある。が、つい先日までそれと同時にこなしていた極秘任務を無事に終えただけに背負う責は違う。
まさに肩の荷が下りたと言う言葉が相応しいであろう。

土方への報告を終え、とりあえず自室へ戻ろうと人気の無い廊下を進んでいた、その足がぴたりと止まった。
廊下の少し先に散らばっているもの。
羽織、褌、手拭い……などなどが廊下の一角にこんもりと散乱していた。
遠目ながらにもそれらが洗濯物であろうと予測した斎藤はさっと走り出した。

現在、洗濯物などの雑用を一手に引き受けているのは千鶴だ。
几帳面な千鶴がこんな所に洗濯物を放置しておくはずがない。
だが、現実には目の前にあるこの光景に、斎藤はひやりと背中を冷たいものを走らせながら駆け出したのだ。

(雪村……っ!)

何か異常は無いかと用心すると共に、気配を探る。
駆けながらも視線だけで周囲を見回すも、千鶴の姿は視認できない。

 何があった?
 どこに行った?

然程表情にこそは出てはいないが焦る斎藤。
足音もたてず駆け寄った目の前の洗濯物の山を前に、状況把握するべく改めて周囲の様子を伺った。
その時だ。

―――もそり

目の前の洗濯物の山が微かに蠢いた。
咄嗟に腰に手を伸ばし、一歩下がる。

―――もそり

再び蠢く洗濯物の山。
そして、その中から出てきたのは……

「……雪村、なのか……?」

思わず疑問符で問いかける斎藤。それも仕方の無い事。
洗濯物の中から出てきたのは外見年齢が5~7歳頃であろう千鶴だったからだ。
斎藤を見上げ、不思議そうに首をこてんと傾ける幼女姿の千鶴。
その肩から着ていた着物がずるりとずり落ちた。

「…っ!?」

白く幼くも華奢な肩が露わになり、斎藤は声なき悲鳴を上げながら咄嗟に周囲に散乱していた洗濯物で千鶴の身体を隠した。
幼き身体に身に着けていた着物は斎藤が今朝会った時に見た少女姿のに千鶴の着物である。当然の如く、大きさが合わない。
ずり落ちるのも仕方の無い事だ。

ただの幼女が肩を曝け出しただけならば、斎藤もこうは焦らなかったであろう。
だが、相手が千鶴であれば話は違う。
赤くなって良いのか、青ざめるべきなのかすら解らない斎藤は内心非常に混乱していた。

深く考える間もなく、咄嗟に洗濯物でぐるぐる巻きにされた千鶴はきょとんとしたまま、斎藤を見上げている。
その視線を受け。どうするべきか混乱の極みにあった斎藤は救いを求めた。
そう、敬愛する副長、土方の元へ……。

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「……何があった?」

副長室に突如飛び込んできた斎藤に土方は驚くも、すぐに冷静さを取り戻しては尋ねた。
日頃見られない程、動揺する斎藤の姿に険しさを露わにした土方だが、すぐに目の前に差し出された幼女・千鶴の姿にその目が驚愕に大きく見開かれる事となった。

「な…なんだ、これは……?」
「雪村…かと……」
「んな事、見れば解る!。俺が聞いているのは何故、こんな姿に……っ!?」

何故、と聞かれても斎藤には答える術は無い。
混乱の極みに陥る副長室。その騒ぎを真っ先に聞きつけてきたのは最悪な事に、沖田だった。
千鶴の姿を見て驚くも、すぐに面白そうに唇を歪め笑う沖田。
良くも悪くも決して短くは無い付き合いである沖田のその笑み。
土方も斎藤も嫌な予感しか、無い。

「……へぇ、土方さん。ついに稚児趣味に走ったんですかぁ?」

にやにやと意地の悪い笑みを浮かべる沖田。
土方は眉間の皺を深め、嫌な奴に見つかったとばかりに、小さく舌打ちをした。
斎藤が沖田を非難するも、沖田は意に介さずここぞとばかりに土方に意味深かつ、嫌味を含んだ問いかけを重ねて言った。
そして当然の如く土方の雷が落ち、それを聞き付けた他の幹部達がなんだなんだとばかりに集まった。

これ以上騒ぎを大きくしない為にも、とりあえず集まってきた幹部勢を部屋に入るように促した。
念の為に人払いをすませ、ぴしゃりと襖を閉めた後、斎藤が説明を始めた。

「この子が…千鶴、なのか……?」

幼女姿の千鶴を前に、皆はぽかんと口を開け驚愕の眼差しを投げかけるばかり。
けれど、どこからどう見ても、千鶴の面影が強く出ているだけにそれを否定する事は誰も出来ない。
何故こんな事に…と、これまた当然の疑問が出てきたが、その疑問はすぐに解ける事になった。
『犯人』は山南だったのだ。

言葉巧みに山南が千鶴に手製の『薬』を与え、それを飲んだ結果が今の幼女・千鶴だったのだ。
見るからに怪しい色の、怪しげな薬を素直に飲むなよと言いたい幹部達ではあったが、相手が千鶴だけに強くは言えない。しかも今は幼女姿なのだから尚更の事。
急遽呼び出された山南は、幼女・千鶴を見た瞬間、眼鏡を怪しげにキラリと光らせ、「これはこれは…、面白い……」と呟いた。

それを聞いた誰もが青ざめながらも素早く千鶴を己たちの背に庇い、隠す。
色々な意味で千鶴の身の危険を察した土方含め幹部一同が山南に対して自室待機と言う名の謹慎を命じ、とりあえず事なきを得た。
けれど、油断は禁物。今の千鶴から絶対に目を離すわけにはいかない。
もし、独りになった隙に……と考えただけで背筋がぞっとする。

だが、災難に巻き込まれる体質なのか、驚きはこれでは終わらなかった。
幼女の姿に縮んだ千鶴はどうやら現在の姿の年齢以降の記憶を失っている事が判明したのだ。

ここはどこだと聞かれ、京だと教えると信じられないとばかりに瞬きをする幼女・千鶴。
更に父、綱道はどこかと尋ねられるも、その問いに答えられる者はいなかった。
気まずそうに目を逸らす幹部達を前に、千鶴の顔がへにゃりと歪んだ。
大きな両目にうるうると涙が溜まり、ぽろりと零れ落ちる。それを前にした幹部達は焦り混乱した。

「お…おい、泣いちまったぜ!、。へ…平助!、お前、精神年齢同じ位だろう?。なんとかしろよ!!」
「あ~っ!、新八さんひでぇ!…って、あ、そうだ!。左之さん、女泣かせの左之さんの出番だよ!」
「な…っ!、馬鹿野郎!。俺が得意なのは女であって餓鬼じゃねぇ…、それに『なかせる』の意味が違う…、って何言わせるんだっ!!」

混乱の中、三馬鹿が責任転換とばかりに小声でひそひそ怒鳴り合う。
見苦しい。実に見苦しい光景だ。
いくら揉め事に慣れているとは言え、流石の土方も頭を抱えたくなった。

「父さま……」

記憶の無い千鶴からすれば、気が付けば見知らぬ所に、そして今は、見覚えの無い大人達に囲まれているのだ。
不安にならない筈がない。

ぽろぽろと涙を零し、しゃくりあげる千鶴。
どうするべきかと途方にくれる土方達。
そんな彼らをよそに、沖田がにっこりと笑って千鶴の前に出てきた。

「あのね、千鶴ちゃん……」

人の良さそうな笑顔を作り浮かべ、沖田は幼女にでも解るような簡単な説明をした。
自分達は綱道の仕事仲間であり、彼は今、仕事で少し遠くに行っている。その間、一人娘である千鶴を預かる事になったのだと。
そんな話は聞いていないとばかりに疑い戸惑う千鶴。
そろりと周囲を見回す千鶴の視線に対し、反射的に皆が笑みを浮かべ、そうだとばかりに肯定の頷きを返して見せた。
内心、沖田の嘘八百な言葉に呆れ、疑いはあれども汚れの無い純粋な瞳に胸を痛めつつも、この場を収めるべく頷くばかり。
その笑顔が多少、引きつってはいたものの、幼女となっても千鶴はやはり千鶴であったようで、素直に沖田の言葉を信じたのだった。

とりあえず先程得た山南からの情報によると七日で薬の効果は切れるであろうとの予測から、このまま屯所で預かる事となった。
だが、色々な意味で危険な立場にある千鶴を一人放っておく事は出来ない。誰かが傍にいてやらなければならない。
幼女とは言え、相手が千鶴ならばと好意的に皆が名乗り上げようとした中、当の本人である千鶴が救いの手を求めた相手がいた。
すぐ傍に座っていた斎藤の袖の端を指先できゅっと握りしめるその姿。

―――刷り込み

幼き身に変化した最初に見たのが斎藤である。
それは産まれたばかりの雛が最初に見たものを『親』と慕うような光景だった。
そんな千鶴の姿を前に、即決で世話役は斎藤となったのは仕方の無い事であろう。

沖田が自分がなっても良いよと自ら立候補してき、そして斎藤もまた、沖田ならば子供の扱いに慣れているだろうからと譲ろうとした。
が、早速とばかりに沖田は千鶴を抱き上げ、こうのたまった。

「それじゃぁ千鶴ちゃん。まずは一緒にお風呂に入ろうねぇ」
「ちょっと待てっ!!」

その言葉に斎藤が千鶴の身を即・奪還。それと同時に他の皆が一斉に沖田を取り押さえたのは言うまでの無い事。
ひくひくと頬を引きつらせ、眉間の皺を深めた土方が伝家の宝刀『副長命令』を発したのはそのすぐ後の事だった。


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結局、当初の予定通り、斎藤が千鶴の世話役でとりあえず話は納まった。
だが、極秘任務を終えたからと言って斎藤自身が本当に暇になった訳ではない。
いや、正確には斎藤が本当の意味での休暇を願い出れば土方はそれを許可したであろう。が、斎藤はそれを望まなかった。
斎藤は本来の三番組組長としての役に戻り、そして動き続けた
そんな斎藤の背を追うのは幼女・千鶴だった。

名は『千津之介』。略して『ちづ』。名目上は小姓見習いとして、周囲には紹介された。
土方の小姓としての千鶴を知っている平隊士達は外見上、似ている事から親戚か何かではないかと噂したが、それを否定も肯定もせず、ただ曖昧に笑うばかり。
誰もが沖田のように口が上手い者ばかりでは無いからだ。

記憶の無い千鶴は斎藤の事を『一兄さま』と呼び慕った。
それは産まれたばかりの雛が最初に見たものを親と思い慕うようなものなのかも知れない。
斎藤の行く後、『ちづ』の姿あり、とばかりに千鶴は斎藤の後を追い続けて行った。
さすがに巡察は危険だからと止められたが、その間は庭掃除などでしつつ斎藤の無事の帰りを願い待つ千鶴の姿は幹部達の涙を誘うものだった。

「一兄さま、どちらへ参られますか?」
「ちづもご一緒させてください!」

愛らしい声で斎藤の後ろについて駆け回る千鶴に斎藤は渋面を浮かべるしかなかった。
決して千鶴自身が嫌な訳では無い。
そもそも、千鶴自身は『被害者』であり何の咎も無い。更に千鶴と言う人となりも既に解っている。
悪意も何も無い、純粋にただ慕い追う千鶴の姿はどこか温かいものすら感じさせるものだ。
だが、だからと言って優しい言葉や態度をかけてやる事が斎藤には出来なかった。
要するに、どう接して良いのかが解らないのだ。

あれから既に三日が過ぎたが、未だに慣れない。
困惑し続ける斎藤は元来の無表情も手伝ってか、周囲からは『斎藤はちづを疎んでいる』と誤解されていた。
それでもその背を健気に追い続ける『ちづ』の姿に平隊士達は甚く同情し、慰めの言葉をかけていった。
そんな三日目の夕方の事。

「あれ、千鶴ちゃん。どうしたの?」
「あ、総司兄さま……」

一人、中庭に面した廊下で腰を降ろした千鶴の姿に沖田が声をかけた。
空は茜色に染まり、顔を上げた千鶴の表情は酷くうかないものだった。
これは何かあったなと沖田がすぐ隣に腰を降ろす。
隣に座られ、一瞬戸惑うも千鶴はそのまま視線を足元へと落とした。

「………」
「………」

沈黙だけが落ちた。
遠くの空で烏が鳴き飛んで行く。
その声に一瞬だけ顔を上げるも、その視線はすぐに儚げに下へと落ちてしまう。

無言のままに、千鶴は足をぶらぶらとさせている。
沖田はそんな千鶴に特に声をかける事もなく黙って遠のいてゆく烏を眺めていた。

「一兄さま…ちづの事、嫌いなのかなぁ……」
「………どうして、そう思うの?」
「だって……」

俯いたまま千鶴がぽつりと零す言葉。それは酷く哀しげな声だった。
周囲の平隊士達の『慰めの言葉』を千鶴は最初の頃、信じる事は無かった。
だが、それでもあちこちから続けるそれらの言葉に身も心も幼い千鶴は次第に不安になるのも仕方のない事だろう。

斎藤は今、巡察に出ている。
ついて行く事の出来ない千鶴は帰ってきた時のお迎えのお茶の準備などをしては気を紛らわせていた。
だが、ふいに時間が空くと不安になってしまう。

 斎藤が優しい事は知っている
 その優しさゆえに斎藤は千鶴を邪見に扱わないだけなのかも知れない
 みんなが言うように、実は千鶴は邪魔なだけなのかも知れない
 その証拠に、斎藤の千鶴を見る表情はどこか強張っているではないか

そんな、嫌な考えばかりが頭を過り、胸が痛むのだ。
じわりと涙をにじませ、擦れる声は震えていた。
膝の上に握りしめた手は何かに耐えるかのように微かに微かに震えている。
それを見た沖田は少しだけ目を瞬かせ、そしてふ、と小さく笑った。

「ねぇ、千鶴ちゃん……」

震えるその手をそっと大きな手で包むように重ね、沖田は優しい声でその名を呼んだ。


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そして四日目の朝。
斎藤の周囲に千鶴の姿は無かった。

前日の夕方、巡察から戻ってきた斎藤に千鶴の世話役は沖田に変わったのだとの報せが入ったのだ。
驚き理由を問うも、千鶴自身がそう願い出たのだとの言葉に斎藤は引き下がるしかなかった。
斎藤と違い、沖田は周囲の子供達と良く遊んでいた。その分、子供の扱いが良く解っているのだからと斎藤はふに落ちないながらも、半ば無理矢理自らを納得させた。

この三日間、ある意味当たり前のようにあった背後に続く小さな足音。
愛らしい声に気配。
それが今は、無い。

その事に斎藤は違和感を憶え、そしてそう感じる事に困惑した。
これが本来なのだ、と自身に言い聞かせようとするも、それでも気が付けば千鶴の存在を探す己がいた。

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ぱたぱたと軽い足音。
そんな思考に捕らわれていた斎藤がはっと顔を上げた。その先にいるのは幼い千鶴の姿。

くりくりとした瞳
白い肌に幼き者特有の赤い頬

昨日となんら変わらないその姿。
その姿に無意識に頬が緩む。が、

「総司兄さま」

小さな愛らしい声が呼ぶ名。
それは自分とは違う名だった。

聞きなれた足音は自分ではない方向へと離れてゆく。
やがて聞こえてきたのは楽しそうな笑い声。
何故か胸がずしりと重石が乗ったかのような気がした。

「組長」
「………」
「斎藤組長!」
「…っ!」

強い呼びかけにはっと我に返り、振り返る斎藤。
そこには三番組の一人が立っていた。
巡察の刻限だと言うのにいつまで経っても姿を現さない斎藤を迎えに来たのだ。
普段なら声をかける前にその気配で気付く筈の斎藤が、すぐ背後にこられても気付かなかった事に驚きの表情を浮かべている。

「あぁ、すまない。少し考え事をしていた……」

己の失態を恥じた斎藤はわざとらしく咳払いをしては強引に空気を変え、待機しているであろう配下の者達の元へと歩き出した。
色々な意味で動揺しているも、それを表立って笑わさないように心掛けながら。
今も微かに届いてくる、千鶴の無邪気な笑い声に背を向けて……

集中力が欠けている事を自覚していた斎藤は辛うじて失態もなく無事に巡察を終える事が出来た。
普段以上に疲労した斎藤を迎えたのは千鶴だった。

「みなさん、お勤めお疲れ様です」

そう言ってお茶を配る千鶴。
隊士達は喜んでそれを受け取っていった。
そんな中、一人斎藤は千鶴に近付けないでいた。
どう接して良いのか解らなかったのだ。

困惑する斎藤。
その前にす、とお茶が差し出された。

「お疲れ様です」
「あ…あぁ、すまない……」

必死に動揺を隠しながら、お茶を受け取ろうとする斎藤。
その指先が小さな手に触れた。
その瞬間。

―――ガチャン!

小さな破壊音が響いた。
驚き目を見開く斎藤。
そして己の片手を庇うように胸元で強く握りしめる千鶴。
二人の間、足元には割れた湯呑が一つ、あった。

「ご…ごめんなさい……」
「いや、俺の方こそ……」

慌てて千鶴が割れた湯呑に手を伸ばす。

「痛…っ!」
「ゆきむ…ちづ!?」

咄嗟に引き寄せた指先から赤い雫が一筋、流れ落ちるのが見えた。
傷の手当をしなければと斎藤が手を伸ばそうとしたその時。
ふと何かがその間に割り込んできた。

「あぁ、これくらいならすぐ直るよ」

聞き慣れた軽い口調。
見飽きる程、知っているその背中。

「総司……」

斎藤の邪魔をするかのように突如割り込んできた沖田は、名を呼ばれても振り返る事もなく、そのまま千鶴の手を取った。

「ひゃん…っ!?」
「そ…総司っ!?」

突如、驚きの声を上げる千鶴
責めの声を出す斎藤。
二人の声を前後に受けた沖田は、千鶴の指先を口に含んでいた。

「はい、これで大丈夫。」
「ぁ…ありがと…ございます……」

そう言って唇を離す沖田はにこりと千鶴に微笑みかけた。
今にも消えてしまいそうな震える声で礼を言う千鶴。その顔は真っ赤に染まっていた。
そんな千鶴を前に、斎藤は何故か頭の中がぐらぐらと沸騰するかのような感覚に、眩暈を覚えた。
完全に斎藤に背を向けたままの沖田は千鶴の手を取って立ち上がらせた。

「念の為、傷の手当もしとこうね」
「あ……」

斎藤と千鶴の視線が一瞬、交えた。
何かを言いたげな眼差し。
声もなく、微かに戦慄く唇。

「ちづ……」
「……」

斎藤の呼びかけに一瞬、目を輝かせたものの、何かを堪えるかのように千鶴は少し目を伏せ、ふいと横を向いた。
視線を逸らしたまま沈黙する千鶴は沖田の呼び声に背を押されたかのように、くるりと斎藤に背を向けた。
そのまま素直に手を引かれ去って行く千鶴の背を、それ以上呼び止める事も出来ず、ただ見送る事しか出来なかった。


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同じ屯所の中、しかも互いに自室が幹部棟ともなれば顔を合わさない筈がない。
その後、斎藤は何度も千鶴と鉢合わせするのだが、二人の間に会話は全く 無い。
げれど、顔を合わせる度に千鶴は何か言いたげな眼差しを斎藤に向けるのだ。

上目使いに微かに潤んだ瞳。
小さな唇は物言いたげに震えている。
童の姿をしているのに何故か妙に背筋がぞわぞわとむず痒くなるような感覚が走り抜ける。

(風邪、か……?)

未知の感覚に多少の戸惑いはあるものの、己の事よりも目の前の千鶴の方を斎藤はその度に優先した。
意味ありげなその表情に対し、斎藤は幾度も問おうとしたがその度に千鶴はさっとその身を翻して逃げ去るばかり。
その後を何度かは追おうとした事もあったが、そんな時は必ずと言って良いほど沖田が表れては邪魔をするのだ。

けれど時折、背に感じられる視線。
振り返ると、姿を隠そうとする千鶴が見える。

 何がしたいのか?
 何が言いたいのか?

斎藤の中にもやもやとしたものが積もり積もってゆく。
そんなこんなで日は経ってゆき、そしてついに七日目となった。

―――七日目

そう、『ちづ』が『千鶴』戻る期限の日だ。



千鶴自身は知らないものの、周囲を取り巻く幹部達はそわそわとして落ち着かない。
あの土方すらも気になるのか、何度も千鶴の元へと様子を見に来る程だ。
斎藤も気になり、気配を消したまま沖田の部屋の方へと向かった。
その足がぴたりと止まる。

沖田の部屋の前の廊下に二人の姿はあった。
胡坐をかいて座る沖田。その膝にちょこんと座る『ちづ』。
二人はあやとりをしていた。
両手を前に伸ばした沖田の指が器用に糸を操り色々な形に作り上げてゆく。
それを千鶴は感心しつつも、その糸に己の指先を絡め、やり方を覚えようとしているようだ。
斎藤は無表情のまま、それを遠くから眺めていた。

カット914ちび千鶴騒動記

微かに頬を染めては無邪気な笑顔の千鶴。
にこにこと、鼻歌すら歌っても可笑しくない程の機嫌の良い沖田。
赤い糸に指を絡ませながら無邪気に遊ぶ二人。
まるで見せつけられているような気がした。
しばらくの間、思考停止状態の斎藤はぼんやりとその光景を眺めていた。が、次第に己の居場所が無いような落ち着かない感覚にその場を去ろうと一歩踏み出した。
その時だ。

「ぁ…ぅ……」
「千鶴ちゃん!」

突如、聞こえる千鶴の呻き。そして珍しくも焦ったような沖田の声。
思わず足を止め、振り返る斎藤。
そこには己の身体を抱きしめるかのように、身を縮こませては苦しみ震える千鶴の姿があった。

「雪村っ!?」

咄嗟に駆け出す斎藤。
すぐさま沖田の隣に膝を付き、千鶴の様子を伺う。
額からは大粒の汗がいくつも噴き出しては頬へと流れ落ちてゆく。
小さな唇は何かを堪えるかのようにぎゅっと強く噛みしめていた。
がたがたとその幼き身を震えさせる千鶴の身体を斎藤は沖田から奪い取るように抱き上げた。

「しっかりしろ、雪村っ!」
「……あ…ぅ…くぅ……」

ぎゅっと固く瞑る両目からは涙が滲み出ている。
苦しみ漏れる微かな声は斎藤をより一層不安にさせた。

「俺の声が聞こえるかっ?、しっかりしろ、千鶴っ!!」

強まるばかりの不安。
思わずその身体を強く抱きしめ、斎藤が叫んだ。
その時、一瞬千鶴の身体の震えが止まった。

涙で滲む瞳が微かに開かれ、斎藤を見上げる。
その瞳に斎藤の姿が映ると千鶴の唇が微かに戦慄いた。

「一兄、さ…ま……」

汗が幾筋も流れ落ちてゆく。
それでも千鶴は己を抱きしめている斎藤から視線を外さない。
襲い来る苦痛に必死に耐えながらも、健気に千鶴は斎藤に笑顔を向けた。
心配かけないようにとの気遣いが痛い程、伝わってきた。

「ちづは…ちづは……一兄さま…が……」

辛うじてそこまで言うも、それ以上言葉が続く事は無かった。
激しくなった痛みに千鶴は小さな悲鳴をあげ、その身を震わせた。
焦る沖田と斎藤。

「なんだ、どうした!?」

その騒ぎを聞き付けた幹部達が駆け付けてきた。
皆が見守る中、千鶴はがたがたと震え苦しんでいる。
色々な意味で医師を呼ぶわけにもいかず、全ての状況を知っている山崎を呼ぶ事で精一杯だ。
平助に連れて来た山崎はいざ、千鶴を診ようと手を伸ばそうとしたその時だ。

「あ…う…っ!!」

一際、大きな苦痛の声が辺りに響いた。
それは手を伸ばしていた山崎が思わずその手を引くほどであった。
びくりと大きくその身体がしなり、そしてそのままくたりと力なく崩れ落ちる。

「千鶴っ!」
「千鶴ちゃんっ!」

焦りと驚愕に悲鳴のような幹部達の声。
そんな中、完全に意識を失った千鶴の肩が小さくぴくりと動いた。

ふるりと震える幼き身体
それは次第に目の前で成長してゆき、やがて少女のものへと変化していった。
ある意味、目の前で人間の成長過程を目の当たりにした皆は、茫然するばかり。
やがて見覚えのあるその姿になると、そこで変化はぴたりと止まった。

「千鶴……」

恐る恐る声をかけると、堅く閉ざされたいた瞼がふるりと震えた。

「斎藤…さん……?」

薄く目を開けた千鶴が呟くようにその名を呼んだ。
どこか懐かしくすら感じられるその呼び方に斎藤の双眸が大きく見開かれた。

「元に戻ったぞ!」
「え…?、あ…、いやあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

歓声が上がった。
だが、次の瞬間、千鶴の悲鳴がそれらを塗り潰した。
少女へと戻った千鶴は己の姿に気付いたからだ。

幼き童の為の着物では少女・千鶴の身体を隠すにはあまりにも小さすぎたのだ。
大きさが合わない為、露わになった肩。
辛うじて胸元だけは両手で着物を手繰り寄せ隠す事には成功していた。
裾からは白く柔らかな太ももが丸出しになり、一部の幹部達から歓声が上がる。
もっとも即座に土方の鉄拳が彼らを襲い、更に斎藤の容赦無い峰打ちをくらい地面にのた打ち回ると言う醜態を披露するのだが……。

肉体的変化の衝動か、それとも羞恥心からか、はたまたその両方の為か、千鶴はそのまま意識を失った。
そのまま千鶴は自室に運ばれ、極めて信頼の高い山崎が着替えさせた。
その際に目隠しをしたか、していないとか、後で一部の幹部達に問い詰められるのではあったが……。

とにかく無事に着替えさせて貰った千鶴は、本来の自室にて深い眠りに落ちていた。
その翌朝、漸く目を覚ました。

「あの……?」

襖の向こう側からの気配にそろりと覗き込んだ千鶴は困惑の声を漏らした。
それもそのはず。そこには幹部達全員が揃っていたからだ。

看病に当たっていた山崎が千鶴の意識がもうじき戻るであろうと報告し、それを受けた皆が心配して集まっていたのだ。
驚き、戸惑う千鶴に、大丈夫かと土方が声をかけた。

「一体、何が……?」

今のこの状況に首を傾げる千鶴にいくつか問いかけた結果、どうやら幼女と化した時の記憶が無い事が判明した。
念の為、もう一日を自室でゆっくりとするようにと土方が命じ、千鶴は訳の解らないままにもそれに頷くしか出来なかった。

とりあえず、千鶴の様子からして大丈夫だろうと判断した皆は口ぐちに「良かったな」と安堵の言葉を漏らしながらそれぞれの仕事へと戻ってゆく。
何が何だか解らないままにも、少なくとも心配かけさせてしまった事、そして心配してくれた事に千鶴は戸惑いながらも嬉しく思い、感謝の言葉を返して行った。
ぞろぞろと戻って行く彼らの背を見送る千鶴の視線がふと、一人の背に止まった。
斎藤だ。

無意識に足が一歩、前に踏み出していた
伸ばした手の先。けれどその背に触れる事は無い

 何かを言わなければいけない
 何かを伝えなければならない

そんな想いがふいに千鶴の胸から溢れ出した。
思わず手を伸ばすも、斎藤は気付く事なく歩み去ろうとしてゆく。
咄嗟に唇が戦慄いた。

「一兄、さま……」
「ち…ず……?」

微かに呟いた筈の声が届いたのか、驚いた表情で斎藤が振り向いた。
振り向く斎藤の視線の先。
千鶴自身も驚いたように目を瞬かせ、口元を押さえていた。

(私は今、なんて……?)

意図せずに漏れた呼び名に、千鶴自身が驚いていた。

―――斎藤さん

普段、千鶴はそう呼んでいた。
それが何故か今、そう呼んでいた。
それも当然の如く、酷く慣れたかのように。

――― 一兄さま

三日目まではそう言って斎藤の後を追っていた『ちづ』
けれど、突然それを止め、沖田に世話役の交換を願い出た筈の『ちづ』
その事を思いだした斎藤は複雑な思いで千鶴を見返していた。

その横にするりと沖田が立ち並んだ。
今迄にも幾度も見覚えのあるその微笑み。
にんまりと弧を描く口元に斎藤は嫌な予感に目を細めた。
さりげない動作で離れようと試みるも、その袖を沖田に捕まれそれは出来なかった。

「……何用か?」
「いやぁ、ちょっとだけ一くんと仲良くしたくてねぇ……」

くすくすと笑みを零す沖田。
斎藤の眉間の皺は深まる。
嫌な予感は更に強まるばかり。

「戯言に付き合う暇は無い。」
「気になっていたんでしょ?。どうして急に『ちづ』ちゃんが僕を選んだのか……」
「…っ!」

辛うじて表情に変化は出さなかったが、その肩が小さく跳ね上がり、更にその動揺を察しられた事に渋面に変わる。
沖田の方も、斎藤にしてはある意味素直すぎるその反応に満足したのか、笑みが更に深まった。

「あのね……」

苦虫を噛み潰したかのような斎藤に沖田はそっと耳打ちをした。
その言葉に、驚愕した斎藤が思わず叫んだ。

「な…っ!、俺が千鶴を厭うなどあり得ない事…、っ!!」
「……え?」

斎藤の言葉に一瞬、きょとんとする千鶴。
ぱちぱちと目を瞬かせた後、その顔が真っ赤に染まった。
一方、斎藤の方も、己の発言を千鶴に聞かれた事にその表情は凍り付き、更にその耳と首筋が真っ赤に染まった。

言葉もなく、無意味に視線をうろうろと彷徨わせる二人。
言葉を交わす事も出来ず、初々しくすら感じられるその態度。
そんな二人を眺めた沖田は呆れたように「なんか急に暑くなったような気がするなぁ…」と手でぱたぱたと己を扇いだ。
中庭からヒグラシの鳴き声が響いてきた。

「もうすぐ、夏も終わりかぁ……」

目に染みる程のどこまで澄んだ青い空。
仰ぎ見た沖田は、少しだけ寂しそうに唇を歪め、眩しそうに目を細めた。

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幼い身の為、何の役にも立たない事に負い目を感じていた千鶴は、斎藤のそっけない態度に疎まれているのだと誤解した。
厭う相手に付き纏われるのは嫌だろうと、せめてこれ以上嫌われたくは無いと幼いながらも悩みに悩みぬいた千鶴は斎藤の傍から離れようと決心した。
だか、幼き千鶴は一人ではいくら屯所内でも行動範囲が極端に狭まる。せめてものお茶出しなどのお手伝いが出来ないのは困ると考えた千鶴は沖田の善意(?)に甘えさせて貰い、表向き沖田が世話役となったのだった。

千鶴を厭うなど、とんでも無い事
そんな事、有り得る筈が無い
そう、有り得ない話だ
何故なら……

無意味に宙を彷徨わせていた斎藤の視界の端にちらりと千鶴の姿が映る。
顔を真っ赤に染め、俯く千鶴の姿。
その姿に思わず頬が緩んだ。

(あぁ、そうか……)

何かが、すとんと落ちたような気がした。

『ちづ』が己では無く、沖田を親しげに呼んだ事
怪我をした指を沖田が口に含んだ時
他にも自分では無い誰かと話している時など
何故か面白くないような感情。苛立つようなあの感覚。

原因も理由も解ってしまえば非常に単純明快なものだ。
いま、こうして振り返ってみると、己の狭量に眩暈すら感じらる程だ。

「千鶴……」

ぴくりとその肩が震える。
どこか、そわそわするその態度。
それすらも可愛らしく感じられた。
ちらりと上目使いに見上げ、視線が合うと千鶴はへにゃりと笑った。

「始めて、ですね……」
「何がだ?」
「『千鶴』って呼んで下さって……」
「あ……」

その事に初めて気付き、斎藤の頬が赤く染まる。
思わず絶句し、口元を隠すように片手で覆う。
再び沈黙が二人の間に落ちた。

いつの間にか沖田の姿は消えていた。
邪魔をする者は誰もいない。
視界の端に千鶴の姿を収める斎藤。

恥ずかしそうに俯く千鶴。
俯くそのうなじは更に赤く染まっている。
そんな千鶴を見下ろす斎藤の鼓動は激しく脈打った。
思わずその身体を引き寄せようと伸ばした手を、辛うじて抑える事に成功した斎藤は、とりあえず落ち着けと己に言い聞かせては言葉を紡いだ。

「……あんたと少し、話がしたい」
「………はい」

どこか震えるような、微かな声。
斎藤は理性を総動員させながら、ゆっくりと口を開いた。


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沖田は、自室でごろりと寝転がっていた。
天井に向け伸ばした両の手の指先には赤い糸が絡みついていた。
一人あやとりをしながら沖田は溜息をついた。

「これも『初恋』って言うのかなぁ……」

ちらりと襖の方へと視線を流す。
そこには未だに二つの気配が感じられる。
先程から動く様子は感じられない。
いつまでそこでやっているのだろうか?

「どっか余所でやってくれないかなぁ……」

人一倍、気配に敏感な沖田は深い溜息を零した。
このまま気配を消したままいるのも、いい加減飽きてきた。
もう一層の事、このまま寝てしまおうかと沖田はそっと両目を瞑る。

指先に絡みついた赤い糸は、はらりと音もなく畳に落ちた。

-完-

  1. 2016/12/26(月) 14:26:46|
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