皓月庵

乙女ゲーム中心の趣味に走ったアナログ二次創作ブログ。マンガと小説のごちゃまぜ^^;

「傾慕」

桶乃ハシさんから、とっても素敵な斎千SSを頂きました♪


いつものじっくりと書き込む桶乃さんの筆致で、いかにも…な斎藤さんを堪能させてもらいました♪
沖田さんがどこまで本気なのかとハラハラしましたがw
最後にはきっちりと決めてくれた斎藤さんに射抜かれました^^

色々ご自身が大変な時期にも関わらずの桶乃さんの力作――――どうぞ続きから是非お読み下さい。

なお、このお話、前段があるのですが、それはピクシブでの公開となっています。
できればそちらをお読みになってからの方がわかりやすいかとも思いますが、これだけでも十分楽しめます。
※序章を読みたい方はこちら、その続きの完全版はこちらをどうぞ




挿絵は感謝を込めて桶乃ハシさんに進呈します。
他の方は御遠慮下さいね。



傾慕




 飯を済ませ、副長が部屋で落ち着いた頃合いを計り、副長の部屋に向かっていた。
 本当は外から帰り、即刻隊務の報告をするべきだったのだが。生憎、報告をきちんと出来る程の余裕が無かった。急ぎのものでは無いが、我ながら不甲斐無い。
 ふと、廊下から外を見る。今日は満月だ。そのお陰で、境内に植えてある春紅葉が見えた。春でも赤々としている事から、春紅葉と別名で呼ばれている。これは確か、雪村が教えてくれたものだ。その春紅葉は昼間に緑色も混じっているのも見えるのだが、さすがに月明かりでは見えなかった。それでも、春紅葉は月明かりを浴びて、幻想的な赤だ。このように綺麗に見えるのなら、雪村に見せたい。いつだったか、昼間に掃除をしながら春紅葉を見ている雪村を見かけた事がある。その時の雪村は目が輝いていて、目が離せなかった。また、そんな顔を見たい──己の考えに、思わず笑った。夜は話しかけてもいないというのに、紅葉を見ただけで雪村の事を考えるとは。我ながら、呆れるくらい気持ちが傾いているようだ。
 気を取り直し、いつの間にか止めていた足を前に進めた。
 副長の部屋の前に来ると、深呼吸をし、声を掛けた。
「斎藤か。入れ」
 失礼しますと中に入ると、副長は持っていた筆を置いた。
「昨日の隊務が終わりましたので、ご報告をしに来ました」
「……何か言いつけてたか?」
 何を言ったのか覚えていないらしい副長は、眉間に皺を寄せて考えているようだ。
「内容は、女子の身体の好きな所を探す、という事でした」
 納得した副長は、何故か苦笑いをした。
「斎藤、命令とは言ったが、報告しろとは言ってないはずだ」
「命令とあれば、報告する義務があるかと」
 半ば呆れたような面持ちで、副長は頭をがしがしと強く掻いた。
「全く、お前って奴は真面目だな。だが、せっかくだ。聞かせて貰おうか。斎藤は女の何処が良いと思った?」
 副長の前でこのような話をするとは思わなかった。少しばかり恥ずかしくもあるが、俺はいつもの隊務同様、簡潔に話す事に集中する。
「はい。俺には、多数の女子の身体を好ましいと思う所はありませんでした」
「どうして一日だけでそう言い切れる?」
「外に出て見て参りましたが、新八の言うように、つい目がいってしまうような色気を、俺には感じませんでした。ですが、好ましいと思う女子ならば、話は別だと理解した次第です」
 淡々と聞いていた副長だったが、俺の最後の言葉が意外だったのか、目を丸くして、口を開けている。それは束の間で、すぐにいつもの引き締まった顔に戻った。
「さすがのお前でも、好きな女が出来たか。相手は誰だ?」
「それは」
 さすがに雪村だとは言えまい。雪村はあくまでも父親捜しに来ているだけだ。客人に惚れたなど、副長には頭の痛い話。しかし。嘘は付けん。だが。
「そう難しい顔をするな、斎藤」
 俺の反応に、副長は軽く右の頬だけで笑む。
「言いたくなければ言わなくて良い話だろ。お前が誰を好きになろうが俺の口出しする権利はないんだからな。だが」
 真剣な顔になり、声が低くなった。
「女に現を抜かして、隊務を疎かにするような事は無いだろうな?」
 思わず背筋を伸ばした。
「俺の本分は新選組三番組組長として、勤める事。片時も、それを忘れた事はありません」
 俺は副長の目を見て、答えた。雪村を好いているのは変わりは無い。だが、俺の優先すべきものは既に決めている。それを違える事はない。
 にやりと笑う副長は、満足げだ。
「それならいいんだが」
 何か考えるように、副長は顎に手を当てた。
「しかし今回、お前に命令した意味がなくなっちまったな」
 思わず、眉を顰めた。隊務を全うしたと思っていたが、そうではないらしい。
「お前が出した答えで考えるとだな、好きな女以外でお前の欲を少しも満たせないってことだ。それがどういう事だか分かるか?」
 諭すように言われ、思考を巡らす。
 好きな女子でしか、俺の欲は満たせないという結果だったわけだが。詰まる所……何が問題なのか検討もつかない。好きな女子でしか欲を満たせないとは言え、無理強いするほどの欲求など俺には無い。
「斎藤、お前だって男だ。我慢に我慢を重ねている時に、少しでも相手の好意が見えれば手を出してしまうかもしれねぇって事だ。お前自身、そんな事にはならないと思っているかもしれねぇが、こういう事はどうなるかなんて、本人でさえ分かんねぇもんだ。大抵の男は好きな女に触れたいと思うもんだからな」
 見透かされていたようだ。副長は俺の顔を見て、溜息を付いている。
「ま、相手の女が受け入れるっていうなら話は別だが。お前の事だ。大事に至るような事にならねぇと信じてるぜ、斎藤。だが……」
 副長は俺から目を外し、独り言のように呟いた。
「お前の好きな女はどうも隙が多い。別の男に取られねぇように気をつけるんだな」
 聞き間違っただろうか。副長は俺の想い人を知っているかのような言い方をされたような……まさか。
「副長、気付いていらしたのですか?」
「俺は何も言っちゃいねぇ」
 含み笑いをしている副長は、優しい顔をしている。どうやら、俺の想い人は知られているらしい。知っていて知らぬ振りをして下さるということは、俺を後押しして下さっているに違いない。
「ありがとうございます」
「何だ、俺は何もしてねぇぞ」
「いえ。俺を気遣って頂きました」
 話が終わりを向かえ、退出しようかと考えた時だった。二人の話声が耳に入ってきた。何事か話しているが、内容が分からない。
「通してください」
 先程まで聞こえにくかった声が、はっきりと聞こえた。その声は鈴を鳴らしたかのように高かった。恐らく、雪村のものだろう。雪村の声は耳に心地良く、耳に入りやすい。
「ったく、総司の奴だな。昨日も俺の茶を運ぶ千鶴にちょっかい出してたからな」
 相変わらず、総司は雪村に意地の悪い事をしているようだ。何故好いた女子にそんな事を出来るのか、理解できない。
「悪いが斎藤、ここを出るついでに千鶴を通してやってくれ」
 御意と返事をすると、戸を開けた。その先に、丁度良く紅葉が見える。部屋に入る前に見ていた春紅葉だ。その春紅葉の下に、影が二つ。思わず、よく目を凝らした。誰が居るのか、頭で理解するには少々時を要した。理解していくにしたがって、胸の内で治まっていた渦が、激しく暴れだす。
 雪村と共に見たいと思った春紅葉の前。そこには雪村が居るというのに、相手は俺ではない。何故か。何故、総司なのか。
 更に追い討ちをかけるように、総司は雪村に抱きついた。声は聞こえずとも、いやに総司の視線がこちらに向けられたのが見える。その刹那、総司は雪村の額に口付けた。息が詰まった。

カット726

「斎藤、どうかしたか?」
 副長の声で我に返る。振り向けば、副長は筆を取っていた。
「いえ。失礼します」
 一礼し、部屋を後にした。紅葉の下を見れば、誰も居ない。先程の出来事が幻だったかのように、月明かりは春紅葉を奥ゆかしく照らしている。
 辺りを見回しながら、廊下を歩く。雪村の姿は無い。お茶を運んでいる途中だったとすると、勝手場に引き返している可能性がある。それに思い当たると、勝手場に足を向ける。
 総司の奴、気安くあのような事をするとは。何を考えているのだ。あのような事をして、雪村は困るであろう。しかし。実際の所、雪村はどう思っているのだろうか。本当に、困っているのだろうか。そうでないとしたら?
 歩いている内に冷静になればなる程、そちらの方に考えが傾いていく。悪戯はするが、総司は何気ない優しさも持ち合わせている。もし、そんな総司に雪村が惹かれていたら? 俺は恋仲になる二人を祝福出来るのだろうか──そんな考えを振り切るように、頭を振った。
 勝手場に入ると、思った通り雪村の姿があった。お湯を沸かしているようで、ぼんやりと突っ立って鉄瓶を眺めているようだった。
「雪村、副長にお茶を用意しているのか?」
 俺の声に驚いたのか、雪村はぴくりと動き、振り向いた。
「は、はい。もう少しすれば、土方さんにお出し出来ると思います」
 視線は宙を舞い、雪村と目が合わない。居心地が悪いのか、耳を触ったり、両手の指を絡めたりしている。
「……そうか。副長があんたのお茶を待っているようだったので、声を掛けただけだ。後は頼む」
 雪村の返事を聞くと、踵を返し、自室に戻る事にした。
 本当は、雪村に問い質したかった。総司と何をしていたのか、何を話していたのか。だが、怖かった。雪村の口から、総司を好いたような言い方をされたらと思うと、何も聞けなかった。
 逃げるように自室に入ると、己にとって都合の悪い考えをを吐き出すように溜息を付いた。だが、そんな考えを吐き出せる事はない。
 つくづく、莫迦だと思った。雪村と茶を飲む回数が増えただけで、俺は舞い上がっていたようだ。誰よりも雪村と親しく出来ていると。最初は言葉を交わせるだけで十分だと思っていたが、雪村を知る度、もっと知りたくなり、いつの間にかもっと傍にいたいと願っていたのだ。少しでもその欲求が満たされれば、次の欲求は誰よりも傍に、誰よりも雪村の心中に、と願うのだ。その願いは少なからず叶えられているのではないかと思っていた。さすがに雪村の気持ちを己の物に出来ているとは思ってはいないが、誰よりも懐いていると思っていた。
 寝間着に着替え、布団を敷くと、すぐさま入り込む。布団は冷たく、寒気が起こる。疲れていたのか、瞼は重い。身体は布団に引き込まれるような感覚でずっしりと重く感じた。それでも考える事は止まる事無く、雪村の事を考えてしまう。
──明日も、笑顔を見られるだろうか
 嫌な出来事を考えないよう、雪村の笑顔を思い浮かべる俺は、いつの間にか眠りについた。

***

 火照った身体を、濡らした手拭いで身体を拭く。まだ肌寒さを感じる季節だが、朝稽古のお陰で身体は熱い。
 昨日の出来事が幻だったのではないかと思われる程、天気は良く、鳥の囀りが聞こえて来る。それに付け加えて、朝稽古のお陰もあるだろう。身体を動かす事は前向きな考えになりやすい。そのせいか、もやもやする気持ちも多少は薄れている。多少は、だが。
 身体を拭き終わると、さっさと袖に腕を通す。そろそろ朝餉が出来ている頃合いだ。
 井戸から離れ、近くの廊下から屯所内に入ろうと足を向けた。すると、雪村が歩いて来るのが見え、何気なく雪村を眺めた。俺の視線に気付いたのか、雪村がこちらに顔を向けた。
「斎藤さん、おはようございます!」
 立ち止まった雪村は、可憐な花が咲くような笑顔だ。俺の脚は思いの外、早足で雪村のいる方に向かう。
「おはよう、千鶴ちゃん」
 今一番会いたくない人物が、千鶴に近づいて来た。朝から俺の癪に障るような笑みと目付きだ。さも、「昨日の事、見たでしょ?」と言っているような視線を瞬く間だけ俺に寄こす。
「おはようございます、沖田さん」
 雪村は一礼をすると、警戒しているのか、総司が距離を詰めると、一歩下がる。
「そんなに警戒しなくてもいいんじゃない?」
 溜息の漏れそうな声音で言う総司だったが、笑みを絶やさない。
「沖田さんがそうするように言われましたから」
 確かに、と呟いた総司だったが、雪村が反応出来ない程の速さで距離を詰めると、雪村の両の肩を握った。それから何事か囁く。その刹那、雪村の顔が真っ赤に染まった。その顔を満足そうに眺めた後、俺をしたり顔で一瞥する。それから総司は「じゃ、ご飯食べに行くよ」と飄々とした態度で去って行った。
 総司の態度に腹が立ったが、立ち尽くしたままの雪村が気になり、廊下に上がり、近づいた。
「雪村、どうかしたのか?」
 俺の呼びかけに我に返ったのか、はっとして、俺を見るなり顔色が悪くなった。
「い、いえ、大丈夫です」
 一度目が合ったかと思うと、すぐに視線を下へやる雪村。
「わ、私、他の皆さんを呼びに行って来ます」
 慌てる様にして、雪村は走って行った。
 どうも様子がおかしい。ついさっきまでは俺に微笑んでくれていたと言うのに、目を合わせるのを嫌がっている様子だった。どう考えても、総司の囁きが原因だろう。しかし。何を言われたのだろうか。俺にあのような態度を取るのだ。恐らく、何かしら俺に関連しているのかもしれない。だが、全くもって思い当たらない。いや、昨日の事を思い出せば、幾分かの可能性はある。俺は雪村の脚を触れてしまっている。本人が大丈夫だと言っていたが、実際は嫌だったのかもしれない。いや、待て。それならば、つい先程の俺に対する笑顔は何だったと言うのだ。あんなに笑顔で挨拶していたではないか。益々分らない。
 これ以上考えた所で思いつくものは無い。一旦この事を考えるのは止すとしよう。
 止めていた足を、進めることにした。

***

 隊服を羽織り、鉢金を額に巻く。それから自室を離れ、雪村の姿を捜した。今日は巡察の当番故、雪村を同行させようと考えていた。もしかしたら避けられる可能性もあるが、それとこれとは別の話だ。父親捜しをしなくてはならない雪村の本分を消す事は出来ない。よって、捜している。恐らく、朝餉が終わったのだから皿を洗っているだろうと思われる。しかし、洗っていたのは朝餉当番である新八と左之だ。雪村の姿は無い。
「雪村が何処にいるのか知らないか?」
 皿が割れるのではないかと思われる程、ガチャガチャと音を立てながらも新八は顔を上げた。
「千鶴ちゃんなら、平助と話しながらどっか行っちまったな」
「巡察の話をしていたみてぇだし、入り口前で待ってるんじゃねぇのか?」
 左之がもっともらしい補足をした。昨日の挑発的な態度を取っていた事を忘れているかの如くだ。さすがは左之、と言った所か。
「そうか。助かった」
 踵を返し、それだけ呟くと足早に入り口を目指した。

 屯所の入り口近くで、既に組の者が集まっていた。その中で一人、隊服を羽織っていない人物が一人。桃色の着物が見えた。その隣には、平助の姿があった。俺が近づいているのに気付き、平助は右手を上げた。
「よ、一君」
 平助を目視した後、雪村を見た。顔を合わせたくないのか、俯いている。それでも、声を掛けようと口を開こうとした途端、平助が口を開く。
「一君、今日は俺の八番組に千鶴を同行させるから、千鶴を借りるぜ」
 平助をひと目見た。眉を八の字にさせた平助は、「じゃ、行くぜ」と声を張り上げ、先に出発する。千鶴は俺に一礼すると、小走りで平助の後ろに続いた。
「俺達も出るぞ」
 己の感情を出来る限り殺して自分の三番組に告げると、屯所を出た。
──腹立たしい。何故、こんな事になっているのか。何故、雪村は俺の後ろに居ないのか。何故、平助に付いて行ったのか。そんな時に限って、総司が雪村に囁いた後のしたり顔を思い出してしまう。益々腹立たしい。それでも別の頭では不逞浪士が妙な動きをしていないかきっちり見ている。
 この怒りは何に対しての怒りなのか。雪村が憎い訳ではない。雪村が後ろに居ないという事実が、悲しいのだ。そうか。雪村が俺に付いて来るという事を、当たり前に思っている己のせいだ。特別に厳しい巡察でない限り、雪村は俺の後を付いて来ていた。いつの間にか、それが当然のように思っていたのだ。
 怪しい動きが無いか見ていると、少し離れた所で、男三人が女を囲んでいるのが見えた。男達の腰には一本の刀が差してある。どうやら、浪人らしい。
「俺達に付いて来い、小娘」
「や、堪忍してください!!」
 浪士三人に囲まれている女が、腕を引っ張られ、何処かへ連れ込まれようとしているようだ。辺りには人が行き交いしているが、誰も止める様子は無い。単純に浪人達が恐いのだろう。
「その娘は嫌がっているようだ。手を離してやれ」
 声を掛けると、浪人達は振り向いた。
「誰かと思えば壬生浪か。この女は俺にぶつかったのだ。その礼をしてもらうまでだ。お前に何の関係もなかろう」
 見下すように含み笑いをする浪人は、また娘の腕を引こうとしている。娘は握られている腕が痛いのか、苦痛の表情をしている。その顔はまだ幼さの残る顔立ちで、雪村とあまり変わらない年のように見える。そのような若い娘に難癖をつけて、変な事をする気なのだろう。浪人とは言え、刀を持っているのだから、武士として弁える事は出来ぬのだろうか。己の欲望に突き動かされ、このような若い娘を汚すなど武士の風上にも置けん。
「ぶつかっただけなら、謝罪の言葉で十分だろう。それとも、そうしなければ女と話も出来ぬか」
「何を!」
 癪に障ったのか、一人の浪人が抜刀した。それに釣られ、他の二人も抜刀する。
「そう言うお前こそ、女に好かれないであろう!」
 頭の中で何かが弾けた。その弾けた後に黒い激流が身体中を駆け巡る。
──そんな事、分りきっている!
「お前達は手出し無用だ」
 隊士達に鋭く言い放ち、襲ってきた浪人を懲らしめる為、柄を握った。

***

 巡察の報告を済ませ、自室に向かう。すると、部屋の前に一人、ぼんやりと外を眺めている人物が居る。そいつはしゃがみ、膝に頬杖を付いて溜息でも吐きそうな雰囲気だ。近寄ると、その人物が俺の気配に気付き、振り向く。
「随分遅かったんだな。何かあったのか?」
 待ちくたびれたのか、伸びをしながら立ち上がる。
 苛立ちでつい、喧嘩を売ったような真似をした等と言えまい。あの後、峰打ち程度には済ませたが。
「少し浪人と刀を交えただけだ。何の問題も無い。それより平助、何か用か?」
 そっか、と言う平助は視線を彷徨わせながらも、口を開こうか開くまいかといった面持ちだ。しかし意を決したように、俺の目をじっと見る。
「……千鶴の事なんだけど」
 その名を聞いた瞬間、雪村が平助の後ろを付いて行ったのを思い出した。
「そ、そんなに睨むなよ、一君」
 無意識に睨んでしまったようだ。平助は困り顔ながらも、話を続ける。
「一君が千鶴に対して何を怒ってるか知らねぇけど、千鶴を許してやってくれよな」
 話の意図が全く分らず、自分でも分るほど眉間に皺を寄せてしまった。
「俺が雪村を怒っているだと? 俺は雪村を怒ってなどおらぬ」
「でも、千鶴がそう言ってたんだよ。きっと怒ってるって。理由を聞いても千鶴は何も言ってくれねぇし。それに、千鶴が言うのも仕方ねぇと思うぜ。だって一君、巡察に行く前にすげぇ睨んでたしさ」
 さっきまで睨まれて居心地悪そうにしていたと言うのに、責めるような口調だ。
「そ、それは」
 この様子だと、無意識に相当睨んでいたに違いない。しかし、平助に雪村を取られてしまったように思えたとは、口が裂けても言えぬ。思わず、咳払いをした。
「兎に角、俺は雪村を怒っていない。寧ろ、雪村が俺に対して不満を持っているようだが」
「だったら、一君から千鶴に話しかけてやってくれよ。俺じゃ駄目みたいだからさ」
 口を尖らせた平助は、悔しそうに見えた。
「何故俺なのだ?」
 あからさまに溜息を付く平助は、呆れ顔だ。しかし、そんな顔をされても雪村は俺と口を利きたくないようだが。
「何だよ一君、気付いてねぇのかよ」
 ぽそりと呟くように言う平助は、言おうか言うまいか迷っているような仕草で、忙しなくあっちこっちに顔ごと視線を変えた。それから俺の目を瞬く隙だけ見る。
「一君だけ、特別に千鶴と一緒に居る事多いだろ。お茶の誘いを受けているのは一君だけだからさ」
 語尾は消え入りそうな声で、平助はまた溜息を付いた。
「他の者は、雪村から茶を誘われる事は……ないのか?」
 声を出しただけでも、胸は高鳴り、やけに煩い。
「そうだよ」
 この一言で、胸を鉄砲で打たれた衝撃があった。言葉など、出るはずもなく、ただただ、驚く。
「一君?」
 何も言わない俺が心配だったのか、顔を覗き込む平助。
「……そうか」
 辛うじて返事をすると、平助は「俺の用事はこれで済んだから」と残して、踵を返した。それを見送ると、不意に外を眺めた。夕餉に近いためか、誰も居ない。それを確認すると、自室に入り、隊服を畳んで文机に乗せると、自室を出た。
 無意識に、気が急いていた。いつも以上に速く歩き、辺りを見回す。
──早く会いたい
 心根はそんな思いでいっぱいだった。何故避けられているかも分らないが、それでも、会って話がしたい。聞きたい事がたくさんある。
 聞き覚えのある足音がし、揺さぶられるような心根を落ち着かせようと静かに息を吐く。それから曲がり角を曲がると、思った通りの人物にぶつかりそうになる。
「あ」
 俺の顔を見るなり、目を見開き、見つかってしまったと言わんばかりだ。
「あの……夕餉の支度が終わりました」
 そう言うなり、彼女は踵を返す。
「待て、雪村」
 ぴくりとした雪村は、顔も合わせない。
「わ、私、少し顔を洗って来ますので、先に行ってて下さい」
 俺の返事も待たずに、雪村は駆けてしまいそうな勢いで歩いて行く。
「いや、待て。話がある」
 そんな声掛けも聞きたくないのか、雪村は走り出した。
 そうそう逃すものかと、俺は追い掛ける。こうやって逃げ続けても何の解決にもならない。それに、ずっとこの調子でいるのも腑に落ちない。
 雪村は、本当に顔でも洗いに行くつもりなのか、屯所内から飛び出した。井戸のある方角へ向かっている。
 走る雪村の裾を掴む方が早いだろうが、敢えて壁際に追い込むように走る。思うようにだんだんと走る道筋が壁沿いになっていく。それを見計らって、俺は雪村を壁で挟むように並んで走る。
「雪村、止まれ」
 雪村の前に手を伸ばし、止まるように仕向けた。すると観念したのか、雪村の足が緩み、止まった。
 俺はもう逃がすまいと、雪村の前に左腕を伸ばし、その手が壁に付くくらいに添える。右手はしっかりと壁に付き、雪村を覆うような体勢にした。それでも、雪村は一向に俺の顔を見ようとしない。
「あんたに聞きたい事がある」
 息を切らしている雪村は、肩で息をしている。それが少し落ち着いてから、僅かに聞こえるくらいの声で「何でしょうか」と答えると、地面を見つめるように俯く。
「何故、俺だけに茶を誘うような事をする?」
 思いの外、尋問するような低い声で言ってしまったせいか、ぴくりと動く雪村。振り向こうかとする素振りを見せるが、振り向く事は無かった。
「……知ってたんですか?」
 動揺しているのか、声が上擦っている。
「いや、全く気付いてはいなかった。だが、先程平助に聞いた」
 何かを守るかのように、雪村は胸元で手を包むように手を握る。
「斎藤さんは、その理由を知ってらっしゃるから、私を追いかけて来られたのではないんですか?」
 震える声を我慢するかのように、鈴の鳴るような声は上ずりながらも、はっきりとしている。
「何故、そう思う?」
「……沖田さんから聞きました。昨日の夜の事、斎藤さんは見てらしたんですよね?」
 ?昨日の夜?その言葉を聞けば途端に総司が雪村の額に口付けしていたのを思い出す。思い出したくもない光景だ。
「確かに、総司があんたにした事を見てしまった。しかし、これがどう繋がると言うのだ?」
 あれを見たのと、俺だけが茶の誘いを受ける事がどう関係するのだろうか。
「沖田さんが言われた事も、聞こえていたのではないんですか?」
 何か話していたか思い出そうとするが、何か聞いた記憶は無い。
「いや、何か聞いた覚えは無いが……そこがどうかしたのか?」
 雪村は壁に手を付くと、ゆっくりと息を吐いた。緊張したような雰囲気が、少し和らいだ気がした。
「何も聞かれてなかったんですね。私の早とちりだったようです」
 まだ話の続きがあるのだろうかと待ってみたが、雪村は無言のまま、俯いている。まだ答えを聞いていないと言うのに、黙ったままだとすると、言いたくないのだろう。だが。俺は聞きたい。平助に聞かされた時に感じた胸の高鳴りは、己惚れの高鳴りに過ぎないのかどうか。
「答えてはくれぬのか。俺だけに、茶を誘う訳を」
 ざりっと砂利の動く音が聞こえるだけで、雪村は一向に口を開かない。このままでは、理由を聞けないどころか、口も利いてくれないようになる気がした。己惚れだったとしても、それだけは避けたい。ならば、思い切って己の事を話す必要があるのかもしれない。
「あんたに避けられていて、こう言うのはおかしいかもしれないが、俺は……あんたの淹れてくれる茶は好ましいと思っている。それ故、これからも茶を俺に淹れて欲しい」
 雪村は驚いたように振り向いた。「どうして?」と訴えるような目で、俺を見つめている。そんな雪村を見て、やっと振り向いてくれた事に安著する己が居る。

カット433

「それ故、あんたに避けられると、困る。出来れば、共に茶を飲みたいと、思っている」
 俺の言葉を理解しようと、見つめ続ける雪村の双眸は澄んでいて、吸い込まれそうな程綺麗だ。
「わ、私……斎藤さんともっとお話したかったんです。もっと、斎藤さんの事、知りたいと思ってしまったから」
 左手を胸に当て、握り締める手は不安げに見えた。
「だから、斎藤さんを、お茶に誘っていたんです」
 顔を赤く染めてしまい、雪村は顔を背けた。
「ならば、何故今日は俺を避けていたのだ?」
 ふと疑問が戻り、つい口走ってしまった。本人が言いたくないのは分っていても、止められない。
「今日はあんたが近くにいなかったせいで、落ち着かなかった。この責任、どう取ってくれる」
 雪村は慌てたように「すみません」と謝るが、それ以外一向に口を開こうとしない。
「言っておくが、あんたが話すまでこのままだ。さぁ、話せ」
 今日は随分と心中を掻き乱された。その乱されたままに口走る想いは欲望をもたげさせた。
「千鶴」
 いつの頃からか、名で呼びたいと思っていた。誰もが名を呼ぶ中、己だけが苗字だ。完全に名で呼ぶ機会を逃していた。それに。名で呼んでしまえば、今以上にもっと、千鶴を求めてしまいそうで、名を呼ぶ勇気が無かったのだ。
 いきなり名で呼ばれた千鶴は、ゆっくりと振り返り、俺を凝視している。見開かれた目は瞬きを数回し、一間の混乱を表していた。だが、少しずつ何かを理解した千鶴は、ぽつりぽつりと話始めた。
「少し前に、私の早とちりだと……言いましたよね。その、沖田さんに、口付け……をされた後の、沖田さんの言葉ですが」
 ゆっくりと息を吐き、緊張しているようだ。胸に当てたままの左手は、胸を押さえるようにして、自分で落ち着くように心がけている。
「斎藤さんに……されたかったんでしょ? って、言われたんです」
 始めに千鶴と話した事を思い出し、どう言う事か思案した。千鶴はこの言葉を俺に聞かれたから、俺を避けていた。実際は俺には聞こえていなかったわけだが。となれば、千鶴は図星だったのだろう。
「私、分りやすく反応してしまって……それを斎藤さんに見られたよって、今朝沖田さんに聞いてしまって。私の気持ちが、斎藤さんに知られてしまったのだと、思いました」
 ああ、やはり、己惚れではなかったのだ。そう思うと、胸が熱くなる。
「こんな気持ち、やるべき事のある斎藤さんには邪魔になると思って……隠してました。
 斎藤さんは、お優しい方です。だから、私の気持ちを知った斎藤さんは、斎藤さんを諦めるような事を言われるのだと、思ったんです」
 身体を震わせ、右手を左手に重ねる千鶴は、怯えているように見えた。抱き締めたかった。それでも、続きを聞くべく何もせず、じっと、千鶴を見る。
「それが、怖くて。聞きたくなかったんです。届かない気持ちだとしても、消したくなくて……だから斎藤さんから、逃げていたんです。すみません。でも、名前を呼んで貰えただけで、十分です」
 無理に笑って見せる千鶴。それが彼女の精一杯の優しさなのだろう。それが愛しくて、我慢出来ずに千鶴を抱き締めた。
「俺は、諦めろなど言えぬ。俺が諦めきれぬからだ」
 短い声音が千鶴から漏れた。予想もしていなかったのだろう。
「正直、今の俺には女の為に生きる事はできない。だが、それでもあんたを好いている、千鶴」
 思わず、強く抱き締めた。情けない言葉だと、思ってはいる。だが、嘘は付けない。これで拒まれても、仕方の無い事だ。俺は新選組の刀であり続けたい。それだけは動かす事は出来ない。それでも千鶴を想う気持ちは偽りではなく、心から想っている。千鶴が傍に居ないと、精神が傾く程に。
「わ、私、そんな斎藤さんだからこそ、お慕いしています」
 彼女の手は、ゆっくりと俺を包んだ。
「これからも、お茶を一緒に飲んで頂けますか?」
「ああ、勿論だ」
 腕を解き、千鶴を見つめる。千鶴も俺を見つめ、頬を赤くしている。可愛らしいと思った。その感情の赴くまま、唇を優しく重ねる。柔らかな感触と、千鶴の温もりが、驚く程己の胸を熱くさせ、満たされていくのを感じた。
 どの程度その体勢でいたのか、分らない。だが、誰かが俺達を捜すような声が聞こえ、身を離した。
「このような所ですまない。急いで戻るぞ」
 頬を染めて頷く千鶴は、誰にも見せたくないくらい、可憐な表情をしていた。
「その。先程の事は二人だけの……」
 己から言っておいて、最後まで言うのが恥ずかしくなってきた。先程の行為を屯所の敷地内でしてしまった事に、今更羞恥を覚えるとは。
「秘密、ですね」
 はにかみながら、千鶴は人差し指を唇に当てた。童のような仕草が可愛らしく思え、くすぐったい気持ちになった。
 二人肩を並べ、妙に気恥ずかしさが込み上がるのを抑えながら、皆の元へと戻ったのだった。

カット826傾慕

  1. 2016/04/30(土) 21:11:35|
  2. 頂きもの
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  1. 2016/05/02(月) 17:23:07 |
  2. |
  3. #
  4. [ 編集 ]

桶乃ハシ様

今回は力作をありがとうございました!
いえいえ、私はがっつり書き込まれたお話も大好きです^^ 読み応えがあって、その世界にゆっくりつかれる時間を楽しんでいますので、今後も桶乃さんらしいお話を書き続けて下さい。
それに私の画でインスピレーションが湧くなんて光栄です。なので使える画があるなら遠慮などなさらずに、何枚でも使ってやって下さい。出来上がったものを読ませてもらうだけで至福です^^
どうぞこれからも創作頑張って! 次回作も楽しみに待ってますね。

今回の台所シリーズ、お褒め頂きどうも^^
いつの間に台所になったのやら…ですがw 残りの連中のシチュがなかなか浮かばないので、続くかどうか…
ご期待に副えられるよう、こちらも頑張ります。


  1. 2016/05/02(月) 22:26:27 |
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  1. 2016/05/03(火) 22:30:01 |
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桶乃ハシ様♪

沖田さんへの考察―――共感頂けて嬉しいです(* ̄∇ ̄*)
そうですよね、後ろからがばっとくる感じがしますよねw でも沖田さんになら、やられてみたい…www

目の事ではご心配お掛けしまして(^^ゞ
いや~、羅刹の血色の目って、リアルで見ると、ホントに不気味ですよ~w
私はまだ片目だけですけど、もし両目だったら、と思うと例え何の実害がないとしてもぞっとします。
それにしても、特に心配はない症状といっても、健康だったらこんな事にはならないはず。やっぱり身体のどこかに不具合があるとか弱っているとかなんでしょうね。これ以上体調を崩さないよう、本気で色々節制しないと―――お互い、身体には気をつけましょうね!
  1. 2016/05/03(火) 23:58:51 |
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