皓月庵

乙女ゲーム中心の趣味に走ったアナログ二次創作ブログ。マンガと小説のごちゃまぜ^^;

「雨は慈しみに充ちて」

六花書房」のゆゆきさんから、沖千雨宿りイラストへの頂き物です^^


二次創作には、意地悪でどS、あるいはただただ甘いだけの沖田さんが溢れているような気がしますが、
洋装時期では、恋を自覚し未来を望む20代半ばの大人の男として、それなりに落ち着いているはず―――
そう密かに考えていたので、ゆゆきさんのこの沖田さんは、まさに想像通りでした^^

こんな沖田さんに想われて、千鶴ちゃんってば幸せねー(//∇//)

と、ついついうっとりしてしまった真剣モードの沖田さんは
続きからどうぞご堪能下さい♪



挿絵は感謝を込めてゆゆきさんに進呈します。
他の方は御遠慮下さいね。


雨は慈しみに充ちて



千鶴は空を見上げて、物思いに耽っている。
雪村の里へ向かう道中、降り出した雨は激しくなるばかりで、しばし二人は樹の下で雨宿りをする事にした。

「千鶴ちゃん、もっとこっちに来て。」

濡れてしまうからと、沖田が千鶴の肩を抱き寄せても千鶴は何か考え事をしているようで、ぼんやりと生返事をしただけだった。

「え・・・ええ、はい・・・。」

沖田はそんな様子の千鶴を見て、一つため息をつく。

「君って本当に分かりやすいね。何か悩み事?」

こんなに近くなった自分にさえ悩みを打ち明けられない千鶴に、沖田はやれやれと苦笑いをした。
彼女の心の中には今、様々な思いが渦巻いているはず・・・それを知っていながらも、千鶴から打ち明けてくれる事を待っていた沖田だったが、千鶴はいつも喉元まで出掛かっているような顔をして自分を見上げるくせに、そこでいつも言葉を飲み込んでいた。
千鶴がこれからの事を思って思い悩んでいるのは火を見るより明らかなのだが、それでも沖田に心配をかけまいと泣きそうな心をぐっと堪えて弱音も吐かずに耐えている。
その気持ちは本当に嬉しいけれど、自分に対してはもっと素直になって欲しいと思う沖田は、そっと千鶴の背を押す事にした。
千鶴の、本心を言うにも一苦労してしまう不器用な所を、沖田は厄介ながらもとても愛おしく思っている。
千鶴が自分の気持ちを吐露するには、いつだって何かきっかけが必要だった。
それが千鶴にとって大きな悩みであればあるほどに、他の人には打ち明けられずに抱え込んでしまうのは彼女の悪い癖である。
それを知っている沖田は今までにも、時には悪戯という形で、時には普段の彼からは思いも寄らないような優しい言葉で千鶴の言葉をそっと引き出してあげていた。
きっと彼女の心の中には、今の天気みたいな雨が降っているのだろうな・・・と沖田は感じている。
これからの決戦の事を思えばそれも仕方のない事かもしれないと思いながら、沖田はそれでも、ほんの少しでも千鶴の不安を拭い去ってあげたかった。
沖田の願いはいつだって『大切な人を守る』という事に尽きる。
その思いの向く先が近藤から千鶴に変わっても、彼の望むことはいつだって変わらない。
大切な人のために、自分が出来る事をする・・・そのために自分がどんな目に会おうとも構いはしない。
そんな沖田だからこそ、千鶴は自分の悩みを言えないという部分もあるのだが・・・。
悩み事かと聞かれて、千鶴は肯定も否定も出来ずに、ただただ沖田の顔を見上げていた。
二人の間には、静かに雨音だけが鳴り響いている・・・。

カット471



【 雨は慈しみに充ちて 】


北の地に向かうに連れて、千鶴が思い悩んでいる姿をたびたび目にするようになった。
少しでも沖田の負担になりたくない千鶴は、自分の悩みを打ち明ける事をしなかった。
しかし、残念ながら千鶴は嘘をつくのが上手ではない。
彼女は隠している風だったが、沖田から見ればそれは全く無意味なものでしかなかった。

薫の言葉を聞いて、千鶴は昔の事をほんの少しずつ思い出している。
雪村の里での思い出。
薫と過ごした日々の事。
こうしてみるとなぜ自分が大切な家族の、しかも双子の彼の事をこんなにもすっかりと忘れてしまっていたのか、不思議でならなかった・・・が。
雪村の里が人間たちに襲われて皆殺しにされた事は、幼い千鶴にとっては、楽しかった思い出全てを忘れ去っても二度と思い出したくない事に違いなかった。
火矢が放たれ里が炎に包まれる中、男も女も、老人も子供も、無慈悲なまでに片っ端しから殺されていった。
阿鼻叫喚の地獄絵図は、幼い頃の記憶を封印するには十分すぎる出来事だったのは想像に難くない。
そんな辛い思い出と共に、記憶に甦った薫の存在。
しかし、薫との思い出自体はなぜか二人で笑っていた楽しい事ばかりで・・・たまにけんかもしたけれど、それさえも懐かしくも温かい記憶しか甦っては来ない。
それが、こんなにも分かり合えないほどに引き裂かれてしまった事が悲しくて、千鶴にはとてもやりきれなかった。

(私たちは何も悪くなかったのに・・・どうしてこれほどまでに憎み合う事になってしまったの?)
(薫はひどい仕打ちを受けたと言っていたけれど、どんな日々を送ってきたの?)
(土佐に連れて行かれたのが私だったら、薫はこんなにも苦しまなくても済んだのかも知れない・・・。)

薫が千鶴を恨んでいる事など、傍から見れば逆恨みもいい所だったが、自分の知らない所であんなにも自分に対して憎しみを募らせてきた薫の事を思うと、到底自分は悪くないとは思えない千鶴だった。


何度考えても答えは出ない。
薫の言うように、自分達が引き裂かれた原因は明らかに里を焼き払った人間たちだろう。
薫の気持ちもわからなくはない・・・あの真っ赤に焼き滅ぼされた雪村の里を思い出した、今ならば。
あの光景を思い出せば、流石の千鶴の心にも一抹の憎しみが生まれた。
しかしだからと言って、人間全てを憎むことは千鶴には到底できなかった。
薫と同じように人間全てを憎んでしまえれば、楽なのかもしれない・・・むしろ憎んでしまえばいい、と頭の中で誰かが囃し立てている様な気さえしていた。
そんな自分の鬼としての狂気が疼いてしまうのを、千鶴は必死に抑えこんでいた。
自分もついこの間までは、人間だと思って生きてきたのに・・・。
今さら鬼だと言われても、実感などほとんどなかった・・・それなのに、自分の中に流れる血が、人間たちを憎めと、滅ぼしてしまえと渦巻いている。
亡き里の皆が自分の中に宿っていて、千鶴の身体を借りて恨みを晴らそうとするかの如く、千鶴はその思いを消す事ができなかった。
否、あの優しかった里の皆が、父が、母が、自分の身体を乗っ取ってまでそんな事を望むはずがないとわかっている。
これはあの光景を生み出した人間に対する、千鶴の内なる憎しみに違いなかった。
こんな醜い感情に蝕まれている事など、どうして沖田に打ち明ける事ができるだろう?
千鶴にとって誰よりも大切な人。誰よりも大切で、ずっと傍にいたくて、だから誰よりも嫌われたくない人。
自分が人ではなく鬼だとわかった時も、変若水を飲まされ羅刹になってしまった時も、沖田は何一つ変わらずに接してくれた。
きっと彼は、こんな醜い感情に支配された自分でさえも受け入れてくれる事だろう。
彼に救いを求める事は簡単な事だ・・・けれど。
こんな醜い感情の自分を彼に晒してしまいそうになる自分が、千鶴は怖かった。

(私は人間を憎む事なんかできない・・・滅ぼす事なんか絶対にできない・・・だから、薫たちを止めたいのに・・・。)

確かにそう思っているはずなのに、同じように人間を憎む気持ちも消せず、自分では受け入れられないと思いながらも、沖田には受け入れて欲しいと思っている相容れない自分に千鶴は翻弄されていた。

(・・・私は一体、どうしたいんだろう・・・。)

雨は降り止まない・・・空を見上げると一面にどんよりと広がっている雨雲の空は、そのまま千鶴の心の中にも雨を降らせ続けていた。


「このまま、この雨が降り止まなければいいのに・・・。」

千鶴はポツリとそう呟いてしまった。
これ以上先に進みたくない。
進んでしまえば、千鶴は決別しなければいけない・・・薫と・・・もしかしたら、沖田とも。
沖田がどれだけ強かろうが、彼の身体は重篤な病にも、そして羅刹と言う狂気にも蝕まれて、その本来の力の半分も発揮できていないだろう。
なるべく日の光を避けているとは言え、存分に休む事もできずに千鶴を気遣いながらの道中は、その残り少ない体力を極限まですり減らしているに違いなかった。
そんな中で、剣技の力は劣るとしても、鬼の力を最大にまで発揮した薫と対決したならば、沖田が無傷で済むとは到底思えなかった。

(沖田さんにこれ以上傷ついて欲しくない・・・でも、彼は・・・)

薫が放った刺客に襲われても、千鶴は今まで自分の身一つ守ることができなかった。
襲われる自分を、いつも傷つきながらも必ず守ってくれたのは、傍らにいる沖田だった。
沖田は自分が千鶴に惹かれていると自覚がない時から、まさしく身を挺して千鶴を守ってきた。
千鶴の意思とは無関係に連れ去ろうとする風間を喀血しながらも退け、薫の放った銃弾からは己の身体を盾にして千鶴を庇った。
二人が向かっている雪村の里のあった場所は、間違いなく決戦の地になるだろう。
そんな中で、薫が手段を選ばずに千鶴に刃を向けてきた場合、沖田はどんなに自分が傷つこうとも千鶴の事を守るだろう。
自分の願いを叶える力が自分には無いことが、千鶴にとってはやりきれなかった。
あまつさえ、この世で一番大切な人を自分が傍に居たいが為に危険に晒し続けている。
心を分かち合った二人だけれども、自分が沖田の役に立っているのかどうか自信がない千鶴は、どうしても沖田に対して引け目を感じてしまっていた。
沖田は千鶴の願いを叶えたいと言ってくれたが、千鶴はここに来て、自分の願いが分からなくなってしまっていた。
薫が人を滅ぼそうとするのを止めたい・・・でも、薫が人を憎む気持ちもわかる。
その憎しみの気持ちは自分の中にもあるものだから、薫だけを責める事など到底千鶴には出来なかった。
彼を止めるには、もはや戦って命を奪うしかないのだろう・・・話し合って分かり合える段階にない事は、頭ではわかっている。
けれど・・・。

(薫を殺して、それで済む問題なの・・・?薫を殺して、私の中に燻っているこの憎しみは消えるの?)

(沖田さんには言えない・・・私がまだ、悩んでいること・・・彼は私の望むことを叶えたいって言ってくれるけど、私は私の望みがわからない・・・。
沖田さんと共に生きていきたい。その為に、薫を止めなければいけない・・・でも、薫を殺して、それで私たちは本当に幸せになれるの?)

沖田の問いかけに巧い返事が出来ずに、千鶴はただ沖田を見つめ返す事しかできない。
いつものように何か言いたげな、それでいて言ってはいけないと自分を律しているような、そんな苦しげな表情をしている。
しかし、やがて沖田を見上げていた千鶴の目から、ツーっと涙が零れた。
胸が締め付けられるほどに思い悩み、それでも苦悩を口に出せない千鶴に代わって、それは目から涙になって零れ落ちた。
沖田はぎょっと目を見開いた後、また一つため息をついた。
眉根を寄せて作った困り顔は、「僕ってそんなに頼りない?」とでも言いたそうな顔をしている。
しかし、千鶴が言いたくても言えない性分だと言うのも十分理解しているから、千鶴をみつめるその瞳だけはあくまで優しかった。
千鶴の顔に手を添えると、そっと指で涙を拭ってあげるけれど、彼女の目からは次から次へと雫が零れ落ちてゆく。
こんなにも一人で苦しんでいたのかと思うと、沖田は見守る事に徹していた自分を少しだけ責めた。
言いたくない事を無理に聞き出したくない・・・自分は思いやったつもりだったが、逆に千鶴を追い詰めていたのだろうか・・・?
そんな後悔の念に囚われると居てもたってもいられなくなって、沖田は千鶴をなるべくそっと抱き寄せた。

「ごめん、君がそんなに苦しんでるって思わなくて。」

沖田がそう言うと、千鶴は沖田の胸に顔を埋めながらフルフルと顔を横に振って否定した。

「沖田さんは悪くないです・・・私が勝手に・・・ごめんな・・・さい・・・。」

涙ながらに消え入りそうな声で、悪いのは自分だと千鶴は訴えてくる。
そんな千鶴がいじらしくて、沖田はますます千鶴をぎゅうと抱いた。
腕の中の小さくて儚くて、それでいて今の自分の中の全てとも言っていい程大きな存在の愛おしい娘。
千鶴が自分の事を大事に思ってくれているのは嬉しいし、それで心配をかけまいとしているのは知っている。
でも、千鶴にどんな一面があろうとも彼女の全てを受け入れる覚悟が沖田にはある。
いや、覚悟云々という以前に、沖田にとっては千鶴はもはや無くてはならない存在だった。
もう彼女のいない自分などは思い描けないほどに・・・。
もっともっと千鶴を傍に感じたくて、彼女の艶やかな髪に顔を埋めながら言葉を紡ぐ。
自分がどれほど彼女を大切に思っているか、どうやったら千鶴にわかってもらえるだろう・・・?と。

「僕は君を守りたいと思ってる。」

沖田は静かにそう言った。
その言葉は、沖田の声の音色と相まって、その本来の言葉以上の意味を持って千鶴の心に響いたものだから、千鶴はますます涙を抑える事ができなくなってしまった。
千鶴にとっても、腕の中の愛おしい人が何より大切で、きっと命を賭けて自分を守ってくれる事を知っているから、もう涙を堪える事など出来はしなかった。

「・・・お・きたさん・・・おきたさん・・・沖田さん・・・」

千鶴は自分を包み込む愛しい人の名前を呼び続けていた。


泣きじゃくる千鶴が落ち着きを取り戻したのは、それからしばらくたっての事だった。
雨はだいぶ小降りになってきている。
雨宿りをしていた樹の根元に、雨を避けるように沖田は腰を下ろしていた。
横抱きにした千鶴と額をあわせるように顔を近づけると、ようやく千鶴も甘えたように沖田の首に腕を絡めてくる。
我慢の末に自分に甘えてくる千鶴が本当に可愛らしくて、沖田はこの世の全ての苦しみから千鶴を守ってあげたい・・・そう思うのだが、きっとそれは不可能だという事も沖田は知っていた。
泣きはらした濡れた目で見上げてくる瞳の中には、千鶴の中の困惑した気持ちがそのまま映し出されていた。
沖田は千鶴の不安を少しでも晴らしてあげたくて、優しく語りかけた。

「何を悩んでいたのか教えてくれる?」

とりあえずそう尋ねてみても、千鶴はやはり先程までと同じように、口を開けては噤んでしまう。
自分の気持ちをどう表現していいのかわからないのか、言葉がつかえて出てこないと言う風だった。
外に出せない気持ちが千鶴の目にまた涙を生み出そうとうるうると潤んでくるのを見ると、沖田は言葉を変えた。

「君が悩んでいるのは・・・薫のこと?」

沖田の言葉を聞いて、千鶴は一瞬迷いながらもコクンと頷いた。
やはりそうかと沖田は思ったが、しかしだからと言って千鶴をどう慰めていいのかすぐには思いつかなかった。
千鶴はまだ、薫とどうにかわかりあう事は出来ないだろうかと必死に糸口を探しているのだろう。
薫を助けたい気持ちが半分と・・・でももう半分は、きっと薫の考えを変える事はもはや出来ないだろうと千鶴もわかっているはずだった。
その狭間で千鶴の心が揺れ続けている事を沖田は知っている。

「千鶴ちゃん、君は優しいから・・・そんな君だから、僕は君をあらゆる事から守ってあげたいって思うんだ。・・・でも。」

そこで沖田は一度言葉を区切ると、少し考えたようだったが・・・避けては通れない事だと腹を括ってこう言った。

「残念だけど、きっと薫と剣を交える事は避けられないだろうし、その結果、君は胸を痛める事になると思う。」

沖田が言うかどうか少し迷った様子から見ても、沖田は本当はこの事実を告げたくなかったに違いない。
それは近い未来にどうしたって避けられない事で、千鶴を悲しませる事に他ならないのだから、沖田にとっては決して喜んで口にしたい事ではなかった。
それなのに、そんな言葉さえも彼に言わせてしまった事が千鶴にはまた苦しかった。

「沖田さん・・・ごめん・・・なさい・・・。」

俯き加減にそれだけ言うのが精一杯の千鶴に、沖田はあくまで優しい。

「何で君が謝るの?」
「だって、薫と袂を別つと決めたのは私なのに、それでも、どうしても私、薫の事が・・・。」

結局、自分は思い悩んでいるだけで何もしてこなかった。
いつでも沖田が手を引いてくれるのを待っているに過ぎなかったと、千鶴は今改めて思っていた。
現実から目を背けたい千鶴に、『それでも向き合わなければいけないことなんだよ』と沖田が突きつけてくるのは、彼なりの偽りのない優しさなのだ。
薫と決着をつけなければいけないのは己自身なのに、それさえも支えてくれる沖田に頼ってしまっている自分が情けなくて・・・千鶴は沖田の顔をまともに見ることが出来ない。
自分のせいで沖田をこんなにも苦しめているのに、彼が羅刹になってしまったのさえ自分のせいなのに・・・。
沖田はよしよしと優しく千鶴の頭を撫でてあげながら、どうしたら千鶴を慰めてあげられるだろうと考えていた。
先程言ったように、薫との対決はもはや避けられない。
そしてその先に待つ結末も、きっと変える事は出来ないだろう。
沖田はどんな時でも千鶴に嘘をつきたくなかった。
それが例え、千鶴を傷つけないためのものだとしても、優しい嘘はいずれ突きつけられる現実が辛くなるだけなのだから。
安易な言葉で『大丈夫だから、何も心配ないから』と千鶴を慰める事はしたくなかった。

「きっとこれから君は悲しい思いをするだろう。何か一つを選択するということは、何か一つを犠牲にしなくちゃいけない。そして、それは痛みを伴う事が多いから・・・」

沖田は言葉を選びながらも、自分たちの未来を勝ち取るためには薫を犠牲にしなければいけないと暗に言っている。

「わかっています・・・わかってはいるんです・・・でも、まだ心の整理がつかなくて・・・。」

一つ言葉を紡ぐたびに、千鶴の瞳からはまたしてもポロポロと涙が零れ落ちる。

「薫をどうにかしなくてはと思うのに、私にはその力がなくて・・・それさえも沖田さんに頼りきりの自分が情けなくて・・・。」

ようやく少しずつ自分の気持ちを打ちあける千鶴を、沖田は優しく受け止める。
いつもは多弁な沖田も、今ばかりは「うん・・・うん・・それで?」と少しばかりの相槌を打つばかりで、千鶴の言葉を先に促している。

「・・・それでいて私も薫と同じなんです・・・私も、心のどこかで里を滅ぼした人たちが・・・憎いんです。」

そこまで言うと、千鶴はまた堰を切った様に泣き出して、ひっくひっくとしゃくりあげるのが止まらなくなってしまった。

「だから私、どうしていいのか・・・わからなくて、沖田さんにも申し訳なくて・・・」

涙混じりに訴えながら、沖田にこれ以上頼ってはいけないと思っているのに、絡めた腕に殊更力を入れて彼に縋ってしまうのは、頼りなげな自分の心を受け止めて欲しいと願っている事に他ならなかった。
千鶴が薫の事で悩んでいるのは知っていたが、千鶴が自分の中に燻っている『誰かを憎む心』にこんなにも戸惑っていた事を沖田は初めて知った。
そして、そんな当然の気持ちに戸惑っている事が如何にもこの娘らしくもあり、沖田はますます放っては置けない気持ちでいっぱいになった。
憎しみの気持ちなどは言うまでもなく誰にでもあるはずのもので、それだけで人を嫌悪する事などできはしないはずなのに、自分の中にも醜い感情があった事を初めて知り、そしてそんな自分を自分で恐ろしいと思って千鶴は震えていたのだ。
沖田は自分の腕の中のとても清らかな存在に、胸が痛くなった。
自分が過去になくしてしまったものを、この娘は全て持っている・・・そして、それは自分の全てを賭けても守り通さなければいけない尊いもののように強く強く感じていた。
怖い夢を見て怯える幼子のように、自分の醜い感情に怯える千鶴を沖田は優しくあやした。

「千鶴ちゃんは誰かを憎んでしまった事に戸惑っていたんだね。」

ひとつひとつ、ゆっくりと言葉を紡いで、千鶴を落ち着かせるように言い聞かせていく。

「でも、それも当然なんじゃないかな。ひどい仕打ちに怒りを感じるのは、僕は悪い事とは思わない。」

やはり醜い感情を持った自分さえも沖田が受け入れてくれる事を千鶴は嬉しく思うも、その反面戸惑いも隠せない。

(こんな私でいいの・・・沖田さんが許してくれたら、私はそれでいいんだろうか・・・?)
(あの人たちを憎んだままで、私は本当にいいんだろうか・・・?)

そんな迷いが否定の言葉になって口から出る。

「・・・でも、私・・・」

沖田は千鶴が否定の言葉を口にするのを許さなかった。
彼の瞳は優しい光を灯したまま、しかし強く千鶴の言葉を制した。
『いいから黙って聞いていて。』沖田の目が静かにそう言っている事に気づいた千鶴は、開きかけた唇をそのままとじた。

「千鶴ちゃん、君は優しい子だ。だからそんな事でこんなにも苦しんでいるんだと思う。」
「人を憎むのは簡単な事だよ。でも、君はそれ以上に、その人たちの事を許したいと思ってる、薫の事もね。だから、そんなに苦しんでいるんだ。」

沖田の言葉は、千鶴の心にじんわりと染み入った。
不思議な事に、沖田の方が千鶴の本当の心をわかっているようであった。
しかしそれもそのはずで、千鶴の流す涙は彼女が何かを言うよりも雄弁に、沖田に千鶴の願いを教えていたのだった。
沖田は千鶴の願いを違わずに汲み取ると、言葉を紡ぎ続けた。

「君は許していいのかどうか迷っているのかもしれないけれど、君が許したいのなら許していいんだよ。許すって言うのはね・・・。」
「本当に強い人にしか出来ないんだよ。ねえ千鶴ちゃん、君は本当に優しくて、そして強い子なんだよ。」

沖田はそう言うと、千鶴にニコリと笑いかけた。
彼の瞳は深い深い慈愛の色を湛えて千鶴を真っ直ぐに見つめると、千鶴の迷いも悩みも何もかもを受け止めて優しく包み込んだ。

「きっと薫も苦しんでる・・・今の君と同じように。」
「誰かに許されるのをきっと待ってるんだ・・・だから、君が薫を許してあげて。それが君が成すべき事だよ。」

千鶴の瞳からは止め処もなく涙が零れた・・・零れ落ちてしようがなかった。
拭っても拭っても溢れ出してしまうそれは、ポタポタと自分の顔や沖田の胸をしっとりと濡らし続けたが、木の枝からたまに滴り落ちてくる雨の雫よりよっぽど温かかった。
千鶴は沖田が許してくれた事が嬉しかった。
人を憎んでしまった醜い自分を・・・そして、自分たちをこんな身体にしてしまった薫さえも、彼は許していいのだと言ってくれた。
千鶴は薫を許したかった。
彼がこんなにも歪んでしまったのにはそれなりの理由があるのもわかっていたし、その原因が自分にもある事を知っていたのだから、どうしても薫を憎みきる事など出来はしなかった。
何より、二人はこの世に生を受けたときからの半身でもあるのだから、薫を憎むと言う事は千鶴は自分を憎む事に他ならなかった。

(沖田さんは許してくれる・・・私にこんな醜い部分がある事も・・・そして私たち鬼の憎しみの心を一身に背負ってしまった薫の事さえも・・・。)

「・・・私は薫の事を助けてあげたかった。許してあげたかった・・・けど、それは無理だと思っていて・・・。」
「どうして無理だと思うの?言ったよね、諦めないでって。僕は君の願いを叶えてあげたいって・・・だから、もう一人で苦しまないで。」
「沖田さん・・・ありがとう・・・ござい・・・ます。」

千鶴は先程から、このままでは枯れてしまうのではないかと心配になるほど、涙に涙を重ねている。
『僕は君を泣かせたいわけじゃないんだよ?』『僕は君の笑顔を守りたいんだよ。』いくらそう言い聞かせても、千鶴はますます嬉しくて涙を流すばかりだったが、その涙は千鶴の心のつかえが取れた証拠だと沖田もわかっていたから、後は優しく背中を擦ってあげていた。

「だって、私、嬉しくて・・・沖田さんが私を許してくれるから、どんな私でも受け入れてくれるから・・・嬉しくて、涙が止まらないんです。」

そう言って沖田の胸の中に顔を埋める千鶴は、最初の頃よりも随分と素直だった。
幾分遠慮がちだった千鶴も、自分の全てを受け止めてくれようとする沖田に、もはや甘えてしまう事を躊躇わなかった。
沖田の口から紡がれる言葉も、いま自分を抱きしめてくれるぬくもりも、全てが彼の千鶴へ対する慈しみで満ちている。
許されると言う事はこんなにも安らぐ事なのか、不安を取り払ってくれる事なのかと千鶴は心の底から温かい気持ちで満たされていた。
そして、叶う事なら薫にもこのような温かい気持ちを知って欲しいと願った。

(・・・全てを許す事は今は出来ないけれど、それでも薫を放っては置けないから・・・。沖田さんが支えてくれるから、私は私の成すべき事をしよう。)

千鶴は迷いの中に一筋の光をみつけた気がした。
うまくいくとは限らない、けれど、諦めなければ可能性はあるのだから・・・。
千鶴はようやく見つけた希望を胸に、いつでもそっと優しく手を差し伸べてくれる愛しい人に向かって、一生懸命涙を拭いながらも微笑むのだった。


千鶴は泣き疲れて、沖田の腕の中ですぅすぅと安らかな寝息を立てている。
沖田の言葉に救われた千鶴は、決戦を前にして幾分晴れやかな気持ちで眠りについた。
これから千鶴を襲う悲劇を思えば、決して胸中穏やかではないはずなのに、それでも沖田が傍にいてくれることが千鶴にとって唯一の、そして最大の安らぎだった。
沖田はそんな千鶴の寝顔を見ながら、一人ごちていた。
顔にかかる黒髪を一つ一つ解きほぐしてあげると、まだ涙の痕が残る横顔が露になる。
泣きはらしたまぶたが可愛そうなほどに腫れていて、憎むべき相手をこんなになるまで慈しんでしまう千鶴の事が沖田は心配でならなかった。
沖田は千鶴の事が本当に、自分でもどうしようもないほどに愛おしかった。
彼女の瞳から流れ落ちた涙の一滴さえも、今安らかな寝息を立てる吐息さえも、すべてが自分にとってはかけがえのない大切なものだと感じている。
千鶴の目から滴るぬくもりは不思議な事に、受け取る者の心をしっとりと濡らして、ささくれ立った心を慰めてくれる。
親しい者にも憎い者にも平等に降り注ぐそれは、天から落ちてくる雫となんら変わらない、慈雨と言えるかもしれない。
沖田自身も何度その慈雨に、道を踏み外そうとした所を救われたかわからない・・・だから・・・。
それはあまりに楽観的だと思わずにはいられないが、千鶴の真なる願いのように千鶴の心の一滴が薫にも届けばいいと、沖田も心底願っていた。
沖田は千鶴のまぶたにそっと唇を寄せると、泣き腫れたその上を優しくなぞった。
夢見心地にうっすらと千鶴は微笑むが、それを見るにつれ、沖田の表情は千鶴には見せることのない険しいものに変わっていった。

カット514雨は慈しみに充ちて


「守ってあげたい、君を濡らすこの雨粒一つからさえも。でもそれは無理な事だってわかってる・・・だから。」

彼女の慈しみの心を、薫に届けることはきっともう叶わない・・・だから、これから二人を待ち受ける未来は、彼女をまたしても悲しみのどん底に突き落とすだろう。
どんなに千鶴が薫の事を思おうとも、薫が千鶴に害を成す存在である限り、今度こそ薫に剣を向ける事を躊躇わないと沖田は一人、心の中で誓いを立てた。
それはきっと彼女を悲しませてしまうだろうと知っている。
それでも、千鶴のために・・・千鶴を守るために、剣を取ることを恐れない。

「君の苦しみも、悲しみも、全部僕が一緒に受け止めるから・・・君を一人になんかしないから。僕がいつでも傍にいるよ・・・優しすぎる君が、僕は大好きだよ。」

耳元で静かにそう囁くと、抱きかかえた千鶴を一層きつく抱きしめ、沖田もひと時眠りについた。
この雨が上がれば、明日にも目的の場所にたどり着いてしまうだろう。
・・・決戦の時はもう間近に迫っていた・・・。




  1. 2014/09/21(日) 11:02:44|
  2. 頂きもの
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:3
<<やっと一息~( ̄∇ ̄;) | ホーム | またもや…?>>

コメント

素晴らしいです。

こんにちは、ゆゆき様、小萩です。
素晴らしいお話をありがとうございました。

私、総司が千鶴ちゃんのことを、大切に、とても
大事に想っていることを、心から愛していることを
知っている気でましたが、どうやら思い込みだった
みたいです。ゆゆき様のこのお話を読ませていただいて、
涙ボロボロこぼれました。ゲームでもアニメでも
足りなかった部分が、すとんと心に落ちて来て、
すごく感動しました。本当に素敵なお話を書いて
下さってありがとうございました。ゆゆき様のお話は
本当に愛に溢れていて、いつもズシッと心に響きます。
ゆゆき様の沖千に出会えて、私、幸福だと思います。

ゆゆき様の沖千、HPだけではもったいないので、
ご本になさいませんか?私。オフでもゆゆき様の
お話を読みたいですし、手元にずっと取っておきたい
です。そうしたら、もしゆゆき様が創作を止められても、
ご本とならずっと一緒に居られます。それくらい大好きです。

HPの拍手、とても楽しいです。つい毎日ポチポチ押して
しまいます。一さんが聴いたらどう思うんだろう?って
クスクス笑いながら。

薄桜鬼のHPがどんどん減っていって、悲しい思いを
しています。ゆゆき様はどうか創作をお続けになって
下さいね。どうかお願いいたします。

  1. 2014/09/21(日) 13:51:33 |
  2. URL |
  3. 小萩 #-
  4. [ 編集 ]

今回もありがとうございます!

>ちょこさんへ
今回も素敵なイラスト、ありがとうございましたヽ(‘ ∇‘ )ノ
私自身、公式のあのシーンを思い浮かべながら話をカキカキしたので、私としては思ったとおりのシーンを描いていただいたんですけど、ちょこさん的には違いを出さなきゃいけないのが悩ましかったですね(・・;)
それにしても、横抱きの千鶴ちゃん萌えます、きゃーーー///
でもでも、一番釘付けだったのは沖田さんの右手ですよっ!!あああ、もう綺麗だわ、この右手が。しかも、千鶴ちゃんの頭を支える指の曲がり具合が本当に優しい感じで、手フェチの私にはたまりません、ありがとうございましたっっ!!(〃д〃)
沖田さんのことを「恋を自覚し未来を望む20代半ばの大人の男」とか言われると、まるで知らない別人のように感じてしまうのはなんででしょうw
でも、ゲーム中の彼はそんなに子供子供してないんですよね、実は。色々と二次創作で誇張されすぎなんですよね・・・まあ、どのキャラもですが(^▽^;)
彼の子供と大人が共存している部分が、私は大好きです///

>小萩さんへ
今回も感じ入っていただけたようで、嬉しい限りです///
アニメやゲームは物語としてはいいところをお話にしてくれますけど、ファンとしては「もっとこの時、二人はどうなってたか知りたい!」とか「こういうエピソードも会ったら楽しいのに。」とか思う気持ちが二次創作の原動力なわけですが、私の超ひとりよがりな目標として「随想録2があったら、こういう話を!」ぐらいの気持ちで書いてるので、そういう風に取っていただけると本当に嬉しいです。

えーっと、他の記事でもお言葉いただいてて、ご丁寧にありがとうです。
「木蓮の涙」にいただいたコメントの、沖田さんが12歳で指南役に勝ったという記録って、もしや黎明録のあの子供のときのエピソードと同じなのかな・・・とふと思いました。(黎明録をなんとやってないのですよ、私は。。゛(ノ><)ノ )
「沖田さんは千鶴ちゃんが後追いしない事を望んでるはず」なんてえらそうな事をいいましたが、他の話で千鶴ちゃんを後追いで自害させてるのを思い出して、本当にえらそうな事を言いましたーッヾ(;´▽`A``ギャーッ。
私、沖田さんの事好きなはずなのに、ちょいちょい殺してるな・・・。゜゜(´□`。)°゜ほら、沖田さんの特徴は「つんでれ」と「死にそう」なので、つい・・・(←おい)

うちのhpの拍手ボタンを楽しんでもらってるようで、よかったです(*´∇`*)
「替え歌」なので、元の歌がわからない人には楽しくないだろうなと思いつつ、ほかに披露する場所がなかったのであんなところに・・・www
10月のテレビ番組改編時期あたりに、うちの「Fテレ」も更新予定ですw

本にしたら?のお言葉、本当に嬉しいですヽ( ´¬`)ノ そんな風に言ってくれる方がいるなんて、物書き冥利に尽きます。
本心をいいますと、願望だけはあるんです。昔から即売会っていうのには買い専門で参加してたんですが、いつもサークル参加してる方々が楽しそうで。
でも、私には絵を描いたり話を作るスキルがなかったし、そのころは本当に学生だったので、買いに行くのが精一杯だったんです。
だから、作り手側とかコスプレして参加したいと言う気持ちがずーッと昔からあって・・・しかも、昨年ゆきさくらに参加してきたんですけど、小説だけ売ってる人もけっこういて、しかも本屋さんで売ってるようなちゃんとした文庫に製本されてて、今時の同人すごい!!と感動すら覚えました///
そのときにかなり「本作りたい」願望がフツフツしたんですけど・・・しかし、現実を見れるくらい大人になっちゃったので突っ走れず・・・(-_-;)
「田舎なので、そうそう売りにいけない(ゆきさくらに参加できない)」「たぶん採算取れない」「ってゆーか、どうやって作るのかわかんない( p_q)」「そもそも作ったところで無名の私の本売れるわけがないw(沖千の世界には即完売の有名な執筆者さんがたくさんいるので)」などなどという現実問題にぶつかって、頓挫しておりますwwwそして、たぶん願望は願望のままおわりますΣ(・ω・;ノ)ノ!
本当に小萩さんのお気持ちが嬉しすぎるし、自分としての願望はあるんですけど・・・ままならない現実はどうしたらいいんでしょうねえ(苦笑)

  1. 2014/09/24(水) 01:04:27 |
  2. URL |
  3. ゆゆき #EYMZMP9E
  4. [ 編集 ]

お返事ありがとうございます。

こんにちは、ゆゆき様、小萩です。
コメントにとても丁寧なお返事をありがとう
ございました。「黎明録」のお話については、
HPの方にあらためてお返事させていただきますね。

「木蓮の涙」については、本当に、千鶴ちゃんは
きっと総司だけを想い続けながら生きていって
くれると思えましたので、他のお話では違う
結末を選んでしまった私ですが、「薄桜鬼」的には
千鶴ちゃんは決して自ら命を粗末にしたりしない、
大切に、新選組の誠の心を受け継いで生きて行く、
そう思います。

ご本、是非作っていただきたいのですが、コストや
手間や売り方を考えるとやっぱり難しいですよね。
今、もう薄桜鬼のオフ活動自体がどんどん縮小へ
向かっているところですし。我が儘申し上げて
申し訳ありません。でも、「コピー本でもいいので
1冊作って下さい!!実費お支払いしますから」と
いうのが本音です(平伏)。でもでもオンだけで
我慢します。読ませていただけるだけでも幸運
ですから。幸福をかみしめながら、HP日参させて
いただきます。
  1. 2014/09/24(水) 08:59:59 |
  2. URL |
  3. 小萩 #-
  4. [ 編集 ]

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