皓月庵

乙女ゲーム中心の趣味に走ったアナログ二次創作ブログ。マンガと小説のごちゃまぜ^^;

「春、来(きた)る」

茶々姫」のMURAさんから、5ヶ月遅れの誕生プレゼントを頂きましたー(*^o^*)


誕生祝いという事を考慮してか、今回MURAさんにしては毛色の変わった、斎千でお伽話風のほのぼの路線のお話です。
文章もそれに合わせ、いつもとは違った書き方で、MURAさんの心遣いが伝わってきました。
本当にわざわざありがとうございました!

それにしても最近動物づいてるなあ…とw
私は、違う所で何故か感心してしまった贈り物SS―――皆さんも続きから、どうぞほっこりして下さい^^


挿絵は感謝を込めてMURAさんに進呈します。
他の方はご遠慮下さいね。




春、来(きた)る



―――どうした、怪我をしているのか?。



侍に斬られた足を引きずりながら歩いていた時、声をかけられた。

先程の恐怖が蘇り、咄嗟に走り出そうとしたが、ずきりと痛んだ足にそのまま倒れてしまった。

いつの間にか雪から小雨へと変わった中、泥だらけになった私の上にそっと傘が差し出された。

びしょびしょに泥と雨に汚れ濡れた私の前で、しゃがんだあの人は懐から取り出した手拭を器用に裂いては足に巻いてくれた。

そして残る手拭で私の頭をくしゃりと優しく拭いてくれた。

優しい人なんだなと思った。



腰に下げている刀が目に入り反射的に身体が強張った。

先程の恐怖感と『侍』に対する不振から恐る恐る見上げたあの人の瞳はとても静かで、そしてどこか寂しくも感じられた。

そうしている間に雨が止み、あの人は傘を畳んでは静かに立ち上がった。



―――気をつけてな……。



そっと目を細めて静かに微笑むその笑顔に、胸がつきりと痛んだ。

私が感謝の気持ちで見上げていると、気にするなと呟いてはそのまま背を向けて去って行った。




私はこの日の事を一生忘れなかった。




春の風が心地よく吹く中。



―――あれ、こんな所まで入って来たら駄目だよ?。



小さくも明るい声に驚いて顔を上げた。

頭上高くに結い上げた一人の少年の姿をした少女が、茂みに隠れていた『おいら』を覗き込んでいた。

咄嗟に逃げようかどうしようかと判断つかずに迷っていると、その娘は小さく首を傾げて言った。



―――迷い込んじゃったのかな?。沖田さんにでも見つかったら悪戯されちゃうかもしれないよ。



くすくすと柔らかく微笑むその娘に『おいら』はほんの少しの間だけ見惚れていた。



―――外まで一緒に行こうね。



洗濯物の入った籠を横に置き、そっと優しく抱き上げてくれた。

ふわりと柔らかく、暖かいその温もりに、ほんの少しだけ泣きたくなった。

人目を避け、裏口まで送ってくれたその娘はその小さな手で頭を撫でてくれた。



―――私はこれ以上外に行けないから。



少しだけ困ったような笑顔を浮かべて、その娘はそっと外に出してくれた。



―――気をつけてね。



優しい笑顔で手を振ってくれたあの娘が気になって、そっと扉の隙間から覗いてみた。



―――千鶴。こんな所でどうかしたのか?。

―――あ、斎藤さん。えっと、洗濯物を飛ばされてしまって……。

―――そうか。では、俺も手伝おう。

―――え、そんな。巡察から戻られたばかりてお疲れでしょうし。

―――気にするな。俺がそうしたいだけだ。

―――ありがとうございます。



はにかむような娘の笑顔に、相手の男も少しだけ眼差しが優しくなった。



 あぁ、そうなんだ。

 そう言う事なんだ。



そう思うと納得がいった。

少しだけ嬉しくなった。



これで果たせる。

『おいら達』の念願が……。



くるりと背を向け、屯所を後にした。

まずは立派な葉っぱを捜さなければ……。

『おいら』は意気揚々と駆け出して行った。



春、来(きた)る



それはある春のある日。



巡察から戻ったばかりの斎藤と千鶴が永倉に声をかけられた。


「おい、斎藤。副長がお呼びだぜ。」

「解った。すぐに行く。」


す、と表情を引き締めては副長室へと向う斎藤の背中が遠のいたのを確認した永倉がにっと笑った。


「さて、俺達も行くぜ。」

「え、私も…ですか?。」


先程の永倉の言い方だと斎藤だけが呼ばれたように思えた千鶴は不思議そうに首を傾げた。


「良いから、良いから。面白れぇもんが見れるかもしれねぇぜ。」


呼ばれても無いのに副長室に行く事に躊躇う千鶴の手を強引に引っ張って行く永倉。

にまにまと笑うその笑顔はどこかの誰かさんに少しだけに似た、意地の悪い笑顔だった。


「おぅ、千鶴。お疲れさん。」


部屋の外ではすでに原田、そして平助が立っていた。

その横へといそいそと並ぶ永倉。実に楽しそうだ。


「で、どうだ。中の様子は。」

「いや、それが実は……。」


何かを言いかけた平助の横で原田がはっとした。


「てめぇら、んな所で何やってやがるんだっ!!」

「ひ…土方さんっ!」


すぱん、と勢い良く開かれた襖からは眉間の皺を普段よりも更に深めた土方が仁王立ちしていた。

ぴきんと固まる『三馬鹿』。

そして千鶴。


「いや、あの…そのぉ……いってーーっ!!」


冷や汗をだらだらと流しながらも何とか誤魔化そうと足掻く三人の頭上に、遠慮なく炸裂するのは土方の拳。


「千鶴、お前まで……。」

「えっと、その……すみません。」


呆れたように土方に言われ、苦笑しつつも素直に謝る千鶴。

とても永倉に強引に連れて来られたなどと言える雰囲気では無かった。


「……んな所でごちゃごちゃ言ってないで、とにかく入れ。」


何かを悟ったのか、それとも諦めたのか。

深い溜息を付きながら土方が入室の許可を出した。


「さっすが土方さん!」

「外でごちゃごちゃ言われる方が鬱陶しいんだよ!」


よいしょする平助をじろりと睨みつけながらも千鶴に視線で促す土方。

申し訳ない気持ちながらも千鶴も三人の後に続いて部屋へと入った。

部屋には斎藤が座っていた。

ごほん、と咳を一つしては気分と空気を変える土方。


「で、斎藤。お前に心当たりは……?。」

「先程も申し上げた通り、俺にはありません。」


静かに、けれどきっぱりと否定する斎藤。室内の空気がぴしりと冷たいものになった。

状況が解らない千鶴は横に座る原田をそっと見上げると、それに気付いた原田が口を開こうとした。

その時。


「とうちゃんっ!!」

「……っ!?」


いきなり襖が開かれたかと思うと同時に一人の男の子が飛び込んできた。そしてそのままの勢いで斎藤へと抱きついた。

驚きつつも、まさか避ける訳にもいかないと判断したのか、斎藤は中腰の姿勢のままでその子供を受け止めた。


「とう…ちゃん……?。」

「……ま、こう言う事らしい。」


唖然とする千鶴に原田が苦笑した。


 (え…ええ―――っ!?)


驚きのあまり、思わず心の中で絶叫する千鶴を前に斎藤が少し焦ったように違うと首を横に振った。

同情するかのような笑みを浮かべながら、原田がそっと教えてくれた。


斎藤と千鶴が巡察に出た後、この子が屯所を訪ねて来たのだ。


―――『斎藤一』と言う人に会いたい。

そう切り出した男の子の対応に困った平隊士がたまたま通りかかった永倉へと声をかけた。

永倉が男の子に用件を聞くと、自分は斎藤一の息子だと名乗り上げたのだ。

冗談にしてはやけに真剣な男の子の様子に、永倉は土方に話した。

土方が何度確認しても、斎藤一の息子だと言うばかり。

とりあえず本人に聞こうと斎藤の帰りを待っていたのだそうだ。


「……ってな訳さ。」


永倉から経由を聞いた原田の説明に、千鶴は言葉も出なかった。


 (斎藤さんの…息子…さん……)


何故かずきりと胸の奥が痛み、思わず両手を胸の上に当てた。

千鶴の視線に困り果てたような斎藤。抱きついたまま離れない子供はいたくご機嫌だ。

それを見る土方の眉間の皺も更に深くなっている。

難しい顔をして考え込んでいた土方が深い溜息を一つ吐いては結論を出した。


斎藤は違うと否定をした。

だが、子供の方はとても嘘をついているような態度にも思えない程の真剣な表情だった。

更に母親の事を聞くと哀しげな表情で、死んじゃったとぽつりと呟かれてはどうしようもない。

頼れる親戚縁者はいないと言うし、このまま放り出すには後味が悪すぎる。

結局、暫くの間屯所で様子見、と言うか、預かる事になった。

世話は千鶴がする事となった。斎藤では流石に普段の隊務に支障が出るからだ。

理由の解らない、複雑な気持ちを胸の奥に無理矢理仕舞いこみつつ、笑顔で千鶴はそれを了承した。



子供はすぐに千鶴になついた。

相変わらず斎藤の事は「とうちゃん」と呼んでは嬉しそうにじゃれつくように飛びついて行った。

斎藤も戸惑いながらも正面から慕ってくる子供を無下に出来ないと、その相手をしていた。

その様子はある意味、微笑ましい父子の姿のように千鶴には見えた。



子供はとても素直で良い子だった。

平助達、皆にもすぐになつき、そして可愛がられた。

斎藤が隊務の間、子供は千鶴の仕事を手伝っていた。そんな事はしなくて良いのだと何度も言ったが、にこにこと笑顔で子供は喜んで手伝っていた。

どうやら手伝う事が『仕事』をしているようで楽しく、そして嬉しいようだった。

なんとなくその気持ちが解る千鶴は少し困ったように笑ながらも、出来る範囲で手伝いをしてもらった。

斎藤は隊務を終えると千鶴の元へと来るのも日課となっていた。

その度に千鶴に迷惑をかけていないかと尋ねるが、千鶴は子供と顔を見合わせてくすくすと笑ながら大丈夫だと声を揃えて返事した。



やがて、春から夏に季節が変わろうとした頃。

子供の着物を買いに出かける事となった。

斎藤と千鶴、そして子供の三人でいざ出かけようとした時。子供が男装姿の千鶴ではなく、ちゃんと女性の着物を着て出かけたいと言い出した。

千鶴が男装するのにはちゃんと理由がある。だが、その事をこの子供に説明するには抵抗があった。

我侭を言うなと嗜める斎藤と、口篭る千鶴を前に、子供は何かを察したらしくにかっと笑うとどこかへ走って行った。

そしてすぐに戻ってきたその細く小さな両腕に抱きかかえた風呂敷には女性の着物が包まれていた。



驚く斎藤と千鶴を前に、近藤と土方の許可は得てきたと、得意げに話す子供。

どうやらこの着物は普段から男装させている千鶴に対してのせめてもの気持ちにと近藤が以前からあつらえていてくれたらしい。

元々、故郷に娘を持つ近藤は千鶴にいたく同情的だった。恐らく自分の娘と重ねて見てしまう事もあるせいだろう。

だが、なかなかこの着物を手渡す機会に恵まれないまま、押入れに仕舞いこまれていたのだそうだ。

子供が近藤に話しをすると、ならばこれを、と嬉しそうにこの着物を渡してくれたのだと言う。


土方の方にも子供が直接、お願いしたらしい。

あの土方に対して一体、どんなお願いをしたのか気になり尋ねたが、「ないしょ」と笑顔でかわされた。


ともかく、千鶴は着物を包んだ風呂敷を手に一旦屯所を出た。

既に話は通してある、屯所近くにある近藤の妾宅で着替えをさせて貰い外に出る千鶴。

外には、見慣れぬその姿に驚き固まる斎藤と嬉しそうな子供が待っていた。

久々に着た女性の着物は少し違和感は感じられたが、懐かしくも嬉しいと千鶴は素直に思えた。


カット409春、来(きた)る


喜びはしゃぐ子供を間に千鶴と斎藤は町へとくり出した。

斎藤と千鶴の間で手を繋いではぶら下がったりしてはしゃぐ子供。

重みと勢いに耐えかねて体勢を崩しかけた千鶴をさり気無い動作で支える斎藤。


「す…すいません。」

「……気にするな。」


支え合うような体勢の為、近づいた顔。

互いの吐息が頬を掠め、思わず息を呑んだ。

そんな姿を見て「仲の良い夫婦だねぇ」と冷やかすように店のおかみに言われ、二人は弾かれたように離れては、頬を染め、互いに反対側へと視線を逸らした。

そんな二人を見て子供はとても嬉しそうだった。



何事もなく、このまま楽しい買い物は済むと思われた。

だが、屯所近くまで戻って来た時、子供の足がぴたりと止まった。

その数歩先で千鶴が振り向くと、子供は今迄に見た事もないような怖い顔をしていた。


「どうしたの?。」


驚いて声をかけるが子供は返事もしない。ただ、じっと先の方を睨んでいた。

斎藤がそちらへと視線を向けた先、一人の侍が歩いていた。


「……あれがどうかしたのか?。」


静かな声で尋ねる斎藤に子供はぽつりと信じられないような言葉を吐いた。


―――あいつが母ちゃんを……


その言葉に驚いて千鶴が見やる侍は、まだ夕刻前だと言うのに既に酔っ払っているらしく千鳥足で、周囲を歩く人々にぶつかってはいちゃもんに近い文句を言っていた。

そして千鶴が見ている前で、たまたま通りかかった幼い女の子とぶつかった。

ぶつかられた女の子は地面に転がり、泣き出した。

が、侍は着物を汚したなと怒鳴りつけ、更に腰の刀へと手を伸ばそうとした。


それを察した斎藤が走り出そうとしたそのすぐ横を子供が駆け抜けた。

その動きはまるで野生の獣のような俊敏な動きで、あっと言う間に侍の下へと辿りついた子供はそのままの勢いで侍に体当たりをした。

体当たりを食らった侍はよろよろとよろけはしたが、元々どっしりとしたその体格の大人の男だけあってそれほど堪えては無いらしく、怒りに血走った目で子供を見下ろしたかと思うとそのまま足蹴にした。

まともに腹部に受け、子供の体は蹴鞠かのように飛び、そしてすぐ横の店の古着屋の中へと吹っ飛んで行った。

まっ青になった千鶴が悲鳴を上げては慌てて古着屋の中へと駆け出した。


それを追おうとする侍に、斎藤が対峙した。

丁度その時、原田が率いる十番組が通りかかり、その侍は平隊士達の手であっさりと捕らえられた。

古着の中に埋まった子供を助けようとする千鶴に斎藤も手を貸し、二人して古着の山をどかせ始めた。

そして一枚の古着の奥でごそりと動くものがあった。


「………とうちゃん」

「…っ!」


多少、弱々しくもその声にほっとしたのも束の間。

その姿を見て絶句する二人。

その背後にやってきた原田は何やら察したようで、即座に古着屋の店主から一枚の大きな着物を買取るとそれをばさりと子供の上にかぶせた。

顔を上げた斎藤へ目線で訴える原田。こくりと頷くと斉藤はその大きな着物で子供を包み込みではそのまま千鶴に視線で促しては屯所へと駆け出した。

屯所の、幹部棟へと息を切らせながら駆け込んで来た斎藤達を見て土方達が姿を現せた。


「何だ、何事だ?。」

「実は……。」


不振そうに尋ねる土方に斎藤は戸惑いながらも抱きかかえていたそれを廊下に下ろした。

ごそりと動き、中から現れたのは……

一匹の子狸だった。

子狸は器用に二本足で立っては斎藤を見上げた。


「……とうちゃん」


小さい声で呟くその声は子供の声だった。


「なんだ、もうバレちまったのか。」

「副長?」

「土方さん?。」


ふ、と小さく笑う土方の言葉に驚く二人。

背後から原田も戻って来た。


「まぁ、ここら辺が潮時じゃねぇか?。」

「……うん。」


苦笑しつつ言う原田の言葉に子狸はこくりと小さく頷いた。

ぞろぞろと出てきた沖田や永倉、そして平助が子狸の姿に特に驚く事もない事に、斎藤と千鶴は驚くばかり。


「へぇ、本体はこんなんだったんだ。」

「思ってたより随分ちっこいなぁ。」


それぞれが子狸を撫でたり、つついたりしている中、千鶴と斎藤は困惑の眼差しを土方へと向けた。

その視線に、土方が説明をしてくれた。


子狸は『恩返し』をする為にここにやってきたのだと。


餌の少ない冬、まだ幼い子供への食べ物を求めて町へとやってきた母親、もとい、母狸は運悪く先程の侍と出くわしてしまい、そして斬られたのだ。

命辛々逃げ出したは良いが、血が止まらずに動けなくなりつつある時に出会ったのが斎藤だったのだ。

斎藤は簡易的ではあるが手当てをして、更に泥水で汚れたその頭を、身体を拭いてやった。

その事に恩を感じた母狸は息子である子狸に斎藤の事を語ったと言う。

だが、その傷が元で母狸は遠くへ旅立ち、そして子狸は母の受けた恩返しをしようと斎藤を探し、そして屯所へと辿りついた。

話にしか聞いていない『斎藤一』と言う人物を直接見てみたくて屯所に潜り込んだは良いが、どうすれば良いか迄は考えていなかった子狸は、そこで千鶴と出会った。

迷い込んだと勘違いした千鶴は子狸を外へと逃がしてくれた。

子狸は千鶴に感謝をした。

そして更にその時に母狸の良く話してくれていた『斎藤一』を見つけた。

子狸にとって斎藤と千鶴が『恩返し』の対象となったのだ。


とにかく二人の傍にいようと子供を名乗り、そしてそれを許された。

が、常に人間に化けているのはまだ子供である子狸にとって大変なものだった。

千鶴や斎藤の前では気を張っていたのでバレる事は無かったが、二人がいない時は気の緩みからか頭上からは大きな耳が、時にはふさふさの大きな尻尾が着物の裾からはみ出ていた事もあったと言う。

そんな姿を見た土方達だが、話しを聞き、そして少なくとも悪意も害意も感じられなかったので、様子見としていたのだ。

勿論、念の為に密かに山崎に監視はさせてはいたのだが……。

その話に、斎藤と千鶴はそれぞれ、あの時の…と驚き、そして小さく呟いた。


「で、お前の言う『恩返し』は出来たのか?。」

「………。」


視線を合わすようにしゃがみこんだ原田の言葉に子狸は少し困ったように首を横に振った。


「キミの言う『恩返し』ってどんな事なの?。」


更に尋ねる沖田に子狸は斎藤を見上げた。


「………笑って欲しかった。」

「笑う……?。」

「……うん。」


子狸はぽつりぽつりと語りだした。

母狸は、最後まで斎藤のどこか寂しげな瞳が忘れられなかったのだと言う。

だから、笑って欲しかった。

母の願いはただ、それだけだったのだと呟いた。

懐かしい母の事を思い出したのか、涙ぐむ子狸。

そして、口には出さなかったが、別の思いも子狸にはあった。


千鶴が自分を逃がしてくれた時。斎藤が千鶴に向ける眼差しの奥。

斎藤の瞳が千鶴といる時だけ、ほんの少しではあるが柔らかくなる事に気付いたのだ。

そして、千鶴も……。


 傷ついた母親を手当てしてくれた斎藤。

 迷い子と勘違いしながらも外まで逃がしてくれた千鶴。

 優しい優しいこの二人。いつも笑っていて欲しい。


子狸はそう思った。


「お前と母親の気持ちはしかと受け取った。」

「ありがとうね。」


やさしくその頭をなでる斎藤。そして子狸をそっと抱きしめる千鶴。

千鶴に抱きしめられ、子狸は少し嬉し恥ずかしそうに呟いた。


―――かぁちゃん。


千鶴はなぁに、と返事をした。

子狸はとても嬉しそうに笑った。




そして、子狸は山へと帰る事となった。

やはり人に化け続けているのはかなりの負担だったらしい。


人気の無い山奥で、着物に包み抱きかかえていた斎藤がそっと子狸を降ろした。

子狸はぺこりと頭を下げた。


「精一杯、生きろ。」

「気をつけてね。いつでも会いに来てね。」

斎藤と千鶴が見守る中、子狸は何度も振り返りながら山の奥へと姿を消した。


―――とうちゃん

―――かぁちゃん

―――ありがとう。


そう、言葉を残して。





やがて時は過ぎ、ある冬の終わりの頃。


「では、行ってくる。」

「はい、行ってらっしゃいませ。」


そう言って、制服に身を包んだ斎藤が家から出、千鶴もその後に続いた。


まだまだ雪は残ってはいたが、冬の厳しい寒さは日々薄らいでいき、日差しも少しずつ暖かみを増していった。


雲一つ無い見事な晴天だ。

眩しそうに空を見上げた千鶴が、あ、と声を上げた。

その声に振り向いた斎藤の瞳も大きく見開かれた。


二人の視線の遥か先。

まだまだ雪の積もったその影からひょこりと姿を現したのは一匹の大狸だった。


「まさか、あれは……。」


千鶴と斎藤の姿を見ても逃げようともせずにその大狸はじっと二人を見つめていた。

そして……

その狸の背後から現れたのはもう一匹の狸だった。こちらは少し小さめな狸だ。


「お前も伴侶を得たのか……。」


どこか感慨深げに呟く斉藤の言葉に、じわりと千鶴の瞳に涙が滲む。

更に……

その二匹の狸の足元にちょろちょろと三匹の子狸が転がるように出てきた。


「まぁ……。」


驚く千鶴の頬を一粒の涙が滑り落ちた。

斎藤の瞳も柔らかく、細められた。

互いに言葉はなかった。

交わされたのはただ視線のみ。

それでも千鶴と斎藤は意志の疎通が出来たように感じられた。


 ―――とうちゃん

 ―――かぁちゃん


風に乗って、声では無い声が聞こえてきたような気がした。

やがて、ぺこりとおじきをするかのように大狸が一度頭を下げ、そして背を向けた。

それに続いて小さめの狸も、そして子狸達もその後へと続いた。

その姿が見えなくなっても暫くの間、二人はただその方向を見つめ続けていた。


「元気でいてくれたんですね。」

「あぁ、家族を見せに来たのだろう。」


その言葉に千鶴は小さくくすくすと笑った。

斎藤は不思議そうな顔をした。


「何が可笑しい?。」

「だって、あの子が私達の『子供』と言う事は、あの子狸ちゃん達は私達の『孫』って事ですよね。」

「………そうなる、か。」


少し複雑そうな斎藤の横顔に千鶴はくすくすと笑い続けた。

そんな千鶴を横に、少しだけ意地悪そうに細められた瞳に千鶴が映る。


「次はあいつに『弟』か『妹』でも会わせてやりたいな。」

「…え!?」

「嫌、か?。」

「い…嫌では…ないです………。」

「……そうか。」


頬を染め、俯く千鶴に優しい笑みを浮かべる斎藤。

そして斎藤は妻、千鶴の肩をそっと抱き寄せた。




―――斗南の春はもうすぐそこまで来ていた。



~おしまい~
  1. 2014/02/12(水) 10:56:14|
  2. 頂きもの
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