皓月庵

乙女ゲーム中心の趣味に走ったアナログ二次創作ブログ。マンガと小説のごちゃまぜ^^;

「桜花抄」1

以前書き溜めていた文を消失させた経緯があるので、念の為、もう一度復元したものをこちらにこっそりUPしておくことにしました。

これに気がついて、読んでくれて、何か言いたい事がありましたら、どうぞこっそり言ってやって下さいw


薄桜鬼という物語にはまった集大成として、考えてた話です。
いずれ最後まで書くだけ書いてしまおうかとは思っていますが…どうなることか^^;


2012.7.8.記


 


 雪と共に血の匂いが、寒風に乗って運ばれてきた。

「―――ごめんなさい……遅くなって……」
 その桜色の艶やかな唇から漏れた声は、血の滲むような痛みを伴って響いて落ちた。

「……ううん、来てくれた…それだけで……」
 答える声は血そのものと共に吐き出された。「…嬉しい……」

 彼女はこの悲運の友の手を握り続けた。
 その魂がボロボロになった小さな身体から離れる、その時まで―――





 胸の奥から迫り上がる熱い塊を、喉を鳴らして押し留める。
 何故、こんな事に……いや、何故間に合わなかった。
 自責に目の前が赤く染まる。

「……おい」
 作ったばかりの墓の前で悲嘆に暮れる彼女の背後から、今一人の友の案じるような声が掛かる。

「私が―――彼女の代わりに行く、京に……」
 彼女は振り向かず、胸の内の決意をその熱い塊と共に吐き出した。





第一章


 なぜ、こんな事になった?

 息を切らせて走る千鶴の頭には、この疑問ばかりがぐるぐると駆け巡っていた。
 背後から迫る複数の足音は、着実に彼女に追いつこうとしている。女の足と男の足では、いくらこちらの出足が早かったとしても、いずれは向こうが勝つのは自然の理だ。その上、初めての町で道も知らない。目についた小路に駆け込むも、その先がどこに続いているのかもわからない。闇雲に走り回り、心臓は爆発寸前、足はもつれ始めていた。
 これ以上走れないという所で、千鶴はよろめきながら目の前の天水桶の陰に文字通り崩れ込んだ。できるだけ奥へと身体を潜り込ませながら、ふいごのような息をなんとか静めようと努力する。
「―――おい! どこへ行った、あの小僧!」
「―――そこらに、いるはずだ! 逃げ切れるはずはない!」
 男達の声が近付いてくる。
 千鶴は腰の小太刀の柄を握り締めた。自分の腕で複数の男に勝てるわけなどないのはわかっているが、何もせず殺されるより、生きる為に一分の可能性に賭けてみるしかない。
 覚悟を決め、徐々に息を落ち着け、周囲の空気の身を切る冷たさに汗も冷えてきた頃―――

 ふいに背筋に、寒気とは違う悪寒が走った。

 それは、この京に近付くごとに感じていた気配。
 怖気立つ、生臭く、悍しい、吐き気を催す―――そんなモノが、今まで以上に濃くなり、周囲の空気を汚すかのように起ち込めていくのが、肌を通して感じられた。
(……何…これ?)
 目の前に迫る男達よりもっと身の危険を感じる気配に、千鶴の小太刀を握る手に力が入る。身体中の産毛が逆立つような濃密な恐怖に息を止めたその時―――魂消るような叫びが響いた。

 
 しばし、何が起きているのかわからなかった。

 血の匂い、肉を断つ音、悲鳴と狂笑―――そして、冬の夜空に煌く白刃。

 千鶴にとってのついこの間までの日常は、長閑なものだった。
 父の為に食事を作り、掃除洗濯をし、診療所の手伝いをし、たまに道場へ行ったり友と茶店でおしゃべりをする。何の憂いもなく、これからもそんな日々が続いていくとついこの間までは思っていた。
 それが、父が京へ仕事で行ったきりになってから、少しずつ千鶴の日常は変わっていった。食事も掃除も洗濯も全て自分一人だけの為。父が当分の間、不在となったせいで診療所は閉めた。おかげで一日他人と会う事もなく、口もきかない日が続く事もあった。だがそれでも、それは全く変化のない凪のような毎日であったのだ。ここ一月ばかり、父からの定期的な便りが滞る、という不安に苛まれていたとしても……。
 今、この時、目の前で起こっている出来事は、だからそんな普通の生活をしてきた庶民の娘にとって、すぐに理解できるような事ではなかった。
 足下に血塗れになって倒れた、さっきまで千鶴を追ってきた男達を、上擦った調子外れの笑い声と共に滅多突きにしている白髪の男達―――千鶴の背筋に悪寒を走らせ、毛を逆立てさせるような鬼気を撒き散らしているその男達が、天水桶の陰で小太刀を抱いたまま凍りついた千鶴に向けた目は赤く光っていた。

(―――!?)
 その人とは思えない白髪に赤眼、歪んだ笑いを浮かべた顔を見返した時、千鶴は既視感を覚え、息を止めた。胸の奥底から何かが表へ向けて出てくるようなその感じ―――だが……
 うわん、という耳鳴りと共に、世界がひどく鮮明に見えたその時―――眼前の人の形をしたモノ共が、地に沈んでいた。それと共に、千鶴の中から出てこようとしていた“何か”も再び、彼女の胸の底に沈んでいった。


「あーあ、残念だな」
 呆然としていた千鶴の耳に、その場にそぐわない弾んだ明るい声が響いた。「僕一人で始末しちゃうつもりだったのに、斎藤君、こんな時に限って仕事が早いよね」
「俺は務めを果たすべく動いたまでだ」
 返す声は淡々としていた。「あんたと違って、俺に戦闘狂の気はない」
「うわ、酷い言い草だなあ。まるで僕が戦闘狂みたいだ」
「…否定はしないのか」
 今度千鶴の前に現れた二人の男は、一見、前の二組の男達とは違い、まともそうに見えた。
 だが、その足下には複数の血塗れの身体。この異常な場でごく普通の調子で話をする男達―――その違和感に千鶴は声を出せず、ただその二人の会話を聞いているしかなかった。
 けれど頭の中では、月明りでもわかる彼等の羽織の浅葱色と、その“務め”という言葉から、旅の途上耳にした集団の名が浮かび上がろうとしていた。今、京で暴れているというその―――
 その名が喉まで出掛かりそうになった時、無邪気そうな声の男が天水桶の陰で腰砕けになっている千鶴を覗き込み、やけににっこりと笑いかけた。
「でもさ、あいつらがこの子を殺しちゃうまで黙って見ていれば、僕達の手間も省けたんじゃない?」
「…………」
 笑顔でありながら笑っていないその目を見返し、千鶴は今だ異様な状況は続いていて、自分の命が危険にさらされている事を認識した。ごくりと息を飲んだ時、もう一人の“斎藤”と呼ばれた長い黒髪の男が、溜息混じりにその問いに答えた。
「さあな……少なくともその判断は俺達が下すべきものではない」
 さらに三人目の“判断を下す者”の存在を示唆され、千鶴が改めて彼等の正体に思い至った時、月が翳った。いや、何者かが真冬の冴え冴えした月光を背に、その場に立ったのだ。

「……運の無い奴だ」

 静かで冷たい声だった。
 だが千鶴は、その月の光に煌きなびく黒髪を纏う男の姿の美しさに息を飲んだ。周囲に漂う血臭にも関わらず、凛とした静謐さをその姿から感じると、まるで冬の狂い咲きの桜のようだとふいに思った。
 男を綺麗だと思ったのは初めてだった。

「いいか、逃げるなよ。背を向ければ斬る」
 言われて、千鶴は自分に突きつけられた白刃の切っ先にやっと気付いた。慌ててこくこくと頷くと、役者絵のようだったその男の顔に、怒っているような困っているような人間らしい感情の揺らぎが現れた。そしてその眉間に夜目にもわかる皺を寄せると、盛大に息を吐いて見事な弧を描いて刀を鞘に納めたのだった。
「え………?」
 あっさりと引かれた刀を意外に思ったのは、千鶴だけではなかった。
「あれ? いいんですか、土方さん、この子さっきの見ちゃったんですよ?」
 冷たい目で千鶴に笑いかけてきた背の高い男が、その目を細めて“土方”に言った。それを言われた相手は、ますます人間らしい渋い表情になる。
「…いちいち余計な事を喋るんじゃねえよ。下手な話を聞かせちまうと始末せざるを得なくなるだろうが」
「この子を生かしておいても、厄介な事にしかならないと思いますけどね」
「とにかく殺せばいいってもんじゃねえだろ。こいつの処分は帰ってから決める」
「俺は副長の判断に賛成です。長く留まれば他の人間に見つかるかもしれません」
 斎藤という小柄な男が、仲間二人の会話が言い合いに発展しそうな流れを断ち切るように口を挟んだ。そして自分が斬り殺した者達へと目を落とした。
「こうも血に狂うとは。実務に使える代物ではありませんね」

“血に狂う”…?
 その言葉に、千鶴の胸の奥から再び何かが出てきそうになった。
 ―――怖気をふるう気配―――血の色の目―――夜歩くモノたち―――血を求め……人々を襲う………

「頭の痛え話だ。まさかここまでひどいとはな……つーか、おまえら! 土方さんとか副長とか呼んでんじゃねえよ、伏せろ!」
 べらんめえ口調で苛立たしげに吐き出された声に、千鶴ははっとして目の焦点を合わせた。どうも京に入ってから、調子がおかしい。女の一人旅で心身共に疲れが溜まっているのは自覚しているが、それだけではない何かが自分に起きているような気がしてならない。そもそも、陽が落ちて宿を探そうとして早々、浪人達にからまれたと思ったら、矢継ぎ早の刃傷沙汰だ。そしてこの連中―――
「ええー? 伏せるも何も、隊服着てる時点で、バレバレだと思いますけど」
 浅葱色の羽織を着込んで京の都を行く人斬り集団―――死体が転がる道端で、平然と会話を続ける彼等は、町娘の千鶴とは世界の違う男達―――


【新選組】


「―――ねえ、ところでさ、助けてあげたのにお礼のひとつもないの?」
「……え?」
 痺れた頭で考えに沈んでいた千鶴に、それまで自分達のみで話合っていた彼等の注意が向けられた。特に、愛想が良さそうな顔をしながら、ぶっそうな台詞を冷めた目で吐く上背のある男が、唐突に話しかけてきて、千鶴は目を瞬いて現実に再度直面した。
(…助けてくれたのは、あの斎藤さん、と言う人のような気がするんだけど…)
 と、内心で思わず突っ込んでしまったが、さすがにそれを今口に出す訳にはいかないと思いながら、千鶴は何とか足に力を入れ立ち上がった。

「―――ありがとうございました。お礼を言うのが遅くなってすみません。色々あって混乱していたもので」
 土を払い、着物の乱れを直し、背筋を伸ばした後、頭を下げて礼をする。何となく釈然としなかったが、結果として今怪我ひとつなくここにいるのは、彼等のおかげなのだろう。そう思い、言われるままに礼を述べて頭を上げると、それを催促した本人は大きな身体を折って声を殺して笑っていた。その向こうには驚き顔の斎藤と、ますます苦い顔になっている土方がいる。千鶴は自分が男の調子に乗せられて、場違いな一声を上げた事に気付き慌てて抗弁を口にする。
「わ、私も場違いかなとは思いましたよ!? でもこの人がお礼を言えって―――」
「ごめんごめん。そうだよね、僕が言ったんだもんね」
 笑い過ぎて涙目になったその男は、何とか莫迦笑いを治めると背筋を正して千鶴に向き直った。「どう致しまして。僕は沖田総司といいます。礼儀正しい子は嫌いじゃないよ」
「ご丁寧に、どうも……」
「わざわざ自己紹介してんじゃねえよ」
 向かい合って初対面の挨拶をしあっている二人に、土方が呆れ返った声を上げた。
「副長、お気持ちはわかりますが、まず移動を」
 斎藤が冷静な一言を発すると、沖田と自己紹介した男が笑顔を残したまま、千鶴の右手首を掴んで歩き出した。その有無を言わさぬ態度と手首を掴む力に、千鶴は改めて自分の置かれた立場に思い至った。
 ―――今、生殺与奪権は彼等にある。
 その一事に大きく肩で息をすると、死体から剥ぎ取った血染めの隊服を抱え前を行く斎藤が、こちらを窺っているのと目が合った。
「己の為に最悪を想定しておけ。…さして良いようには転ばぬ」

 
 着いたばかりの京で、当初の目的の端にも手をかけぬまま、とんでもない境遇へと巻き込まれた―――と、この時、まだ何も知らぬ千鶴は、自分の不運をただ嘆いていたのだった。



へ続く
  1. 2000/12/31(日) 01:00:00|
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